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急須の妖精であるぱちーにーは本来古い急須の中に住んでいるそうだ。
妖精だけに魔法も使える彼は、お酒と綺麗なお姉さんが大好物で、時々魔法で普通の人間サイズになって両方が楽しめる飲み屋さんに行くらしい。
(「おかーさん、キャバクラってなに?」「あと10年経ったら教えてあげる」)
妖精だってたまにはハメを外したいだろうから、お店に行く事それ自体には私は何も言わないわ。
だけど呆れた事には、ぱちーにーはたまに飲みすぎて記憶を失くし、大事な急須をどこに置いてきたか分からなくなるのだそうだ。
急須の妖精は急須が傍にないと力が弱まり魔法も使えなくなるのだという。
そしてまさに今、ぱちーにーは急須を忘れた野良妖精状態なのだそうだ。
「それで路頭に迷っている所をうちに忍びこんだと」
「そうそう」
「で、お腹が空いたからサンタ用のクッキーを盗み食いしたと」
「そういうわけなんだよなぁ、これが。ところでこのクッキーよぅ、めちゃめちゃ旨かったぜ!
ほんとにほっぺたが落ちちまうかと思った!こんな旨いクッキーを食ったのは二回目だぜぃ!」
盗み食いされたのは気分が悪いけど、母の秘伝のレシピで私が焼いたクッキーを褒められるのは悪い気はしない。
「そう?ありがとう。でも、二回目…ってどういう意味?」
「それが、不思議なんだけどよう!むかーしこれとそっくりの味のクッキーをどっかで食べた事があるんだよな。
どーこだったっけかなぁ…?」
ぱちーにーは短い腕を組み、小さな手をこれまた小さな顎に添えて首を傾げる。
これとそっくりな味のクッキー?そんなのってあり得るかしら?
だって、このクッキーは母が研究に研究を重ねて完成させた唯一無二の味なのに。
チビスケが「あ!」と唐突に叫んだ。
「ね!それってもしかしておばあちゃんが作ったクッキーを食べたんじゃない?」
「え?おかあさんの?」
チビスケが私に向かってこくんと頷き、ぱちーにーに向き直って尋ねる。
「ねぇ、ぱちーにー。そのクッキー食べたのっていつの話?」
「いつだっけかなぁ…?随分昔なのは確かだぜ?坊っちゃんが生まれるずーっと前だ。
あのときもクリスマスイブでよぅ。今日みたいに迷子になっちまってお世話んなった家で食ったんだ」
「お世話になったって、忍び込んだってこと?」
「ま、まぁ、そうとも言うな。だけど、腹減って死にそうだったんだから仕方ねえだろ?
あんときはテーブルの上いっぱいに何十個もクッキーが並んでて、暖かい部屋でそれ見たときは天国かと思ったぜ!
しかもこの世のものとは思えねえほど旨くてよ。ついつい全部食っちまった!」
「そのときも盗み食いしたの?」
「しょ、しょうがねえだろ!よ、妖精ってのはあまり人間に見られちゃいけねえんだよ!夢が無くなるだろ?」
「私達も人間だよ。今、普通に姿見せて喋ってるじゃない?…本当はどうして盗み食いしたの?」
「う゛…。サンタ用のクッキーだから俺様にはくれねえと思ったんだよぅ」
「そんな。人間ってそこまで冷たくないわよ。頼めばクッキーの一枚や二枚くらいくれるでしょうに…」
「そこのうち、母子二人暮らしみたいだったんだけどよ。二人揃ってすやすや寝てたんだよ。起こしちゃ悪ぃだろ?」
ああいえばこう言う言い訳ぱちーにー。男らしくないなぁ…と思いつつ、どうも話が引っ掛かる。
秘伝のレシピと同じクッキーの味。
チビスケが生まれるずっと前の出来事。
12月24日。
更には母子家庭。
「ねぇ、それってもしかしてここのうちじゃない?」
「…どうだっけかなぁ。いや、けどキッチンもダイニングもこんなハイカラじゃなかったぜ。
床もフローリングじゃなくて緑の花模様のタイルが…」
「やっぱり!それ、うちだわよ!リフォームする前はダイニングは緑の花模様のタイルだったもの!」
「おおっ!ひょっとして壁に鳩時計があったか?」
「あったあった!懐かしい。あれ、壊れちゃったのよね
…って、おまえかーーー!!!
クッキー泥棒の犯人はおまえだったのかーーー!!!」
私は連続クッキー泥棒事件の犯人ぱちーにーをむんずと掴んでぷにぷにのほっぺをぎりぎり引っ張った。
「ぬおおおおおお!!!ひゃめれふれ(やめてくれ)〜〜〜〜!!!」
「うわーん!おかーさん、やめてー!ぱちーにーがちぎれちゃうよー!!!」
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