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『サンタおじさま』と私はあの人を呼んでいた。

私が小さい頃に父と死別して以来ずっと一人でいた母が、その人を連れてきたのは私がちょうど今のチビスケと同い年のとき。

「この人、サンタさん。おかあさんとお付き合いしてるの」

「え?三田(さんた)さんという苗字なの?」

「違うわ。職業がサンタクロースなの」

「は?何言ってるの、おかあさん」

なんとも可愛くないけど妥当な反応だと思う。

だって後に『サンタおじさま』と呼ぶことになるその人は一般的なサンタクロースのイメージとはかけ離れていたんだもの。

サンタクロースといえば、赤と白の服を着ていてぽっちゃり体型の立派なお髭のにこやかなおじいさん。

それなのに初対面のその人ときたら、和服を着ていてガタイが良くて、お髭もあご髭が少し生えているだけの中年のおっちゃんだった。

和服の時点でおかしいでしょ?日本びいきのガイジンさんですらないの。どこからどう見ても生粋の日本人。

なんでもサンタクロースというのは芸名のようなものだそうで、彼が名乗った本名はバリバリ日本人の名前だった。

「なんやこのおっちゃん、うさんくさいなぁ」

というのが第一印象だった。

愛想も良くないし、鋭い眼光やえらそうな態度は「もしやその筋の人ですか?」と思うほどの貫禄があった。

だから当然、最初は彼が本物のサンタクロースだなんて信じなかった。

頭の痛い人なのかな?おかあさん騙されてるんじゃないかな?と子供心に心配になったほどだ。

だけど、サンタおじさまは態度は大きかったけど実はとても優しい人で、おかあさんもすごく幸せそうだったし、私ともよく遊んでくれた。

私に気に入られようと無理に媚びたり、父親ぶったりしない所も好もしかった。

でも、いい人だとは思えても、まだ本物のサンタクロースだとは信じられなかった。

それが変わったのが、あの12月24日の夜。

「そんなに信じられないなら自分の目で確かめろ」

と言ったサンタおじさまは、私をトナカイのソリに乗せてくれたのだ!

その日ばかりはイメージ通りの赤いサンタ服を身に纏い、八頭立てのトナカイのソリに乗って現れたサンタおじさま。

どういう仕組みか分からなかったけど数日前に会ったときは短かったお髭も、ちゃんと長くもじゃもじゃになっていた。

「これでおまえも信じるか?」

「ま、まだまだ!空飛ぶソリに乗せてくれるまでは信じない!」

「ふははははっ!乗りたいなら素直に乗せてくださいと頼めばよかろう!…まぁいい。特別に乗せてやる。来い!」

「やったぁ!!」

飛行機が離陸するみたいに助走をすることもなく、サンタおじさまが手綱を振っただけでソリがふわりと浮いた時は本当に興奮した!

「すごい!!本物だー!!」

「うつけが。最初からそう言っておるだろうが」

ゴツンと軽く拳骨で私の頭を小突いたサンタおじさまは得意満面の笑みだった。

「気を付けてね。楽しんでいらっしゃい」

ニコニコ笑顔で送り出してくれたおかあさんは、おやつのクッキーとホットココア入りの水筒を私に持たせてくれた。

どんどん小さくなっていくおかあさんと私の家。しまいにはアリさんくらいの大きさになった。

空から見たいつもの街はミニチュアのおもちゃのようだった。

家々の窓から洩れる暖色の明かりや街灯がキラキラと光り、そこに粉雪が降りかかる様はまるでスノードームのよう。

「あまり下を覗くと落ちて死ぬぞ」

とちょっと怖い言い方で私に注意したサンタおじさまと空の上でおかあさんのクッキーを食べた。

手綱で手が塞がっているサンタおじさまの口にクッキーを放りこんであげると、上機嫌のおじさまは意外な事実を打ち明けてくれた。

母とサンタおじさまがお付き合いしたきっかけは、なんとこのクッキーだったんですって!

サンタおじさま曰く世界一美味しいという母の手作りクッキーの虜になって、それを作った母にも惚れ込んでしまったのだとか。

ふぅん、世界一美味しいクッキーねぇ…、と母のクッキーを食べ慣れていた当時の私は思ったけれど、大人になってみて分かる。

たしかにどこの高級店や専門店のクッキーと比べても、うちの母のクッキーのほうが断然美味しいのだ。

ところが二人が付き合うきっかけがクッキーならば、別れたきっかけもクッキーだった。

ソリに乗せてもらった日からちょうど一年後のクリスマスイブ。サンタおじさまと母は喧嘩別れをした。

プレゼントを配るお仕事の途中で我が家に立ち寄ったサンタおじさまが、母がクッキーを作って待っていなかったと激怒したのだ。

けれど、それはサンタおじさまの誤解だった。

母はちゃんとその日の夕方、おじさまのためにクッキーを焼いたのだ。

私もクッキー作りを手伝ったからそれは間違いない。

でもその夜、不可解な事件が起きた。

サンタおじさまが来るのは深夜だからと一旦仮眠を取った母と私が目を覚ますと、テーブルの上にあったクッキーが忽然と消えていたのだ。

それも何十枚も焼いたのに、ひとつ残らず全部消えていた。

何があったの!?大変だ!!クッキー泥棒か!?と大騒ぎしてる間にサンタおじさまが来てしまったから、クッキーを作り直す時間もなく。

事情を説明したけど「そんな馬鹿な話があるか!」とサンタおじさまは信じてくれなくて。

結局、誤解は解けないままサンタおじさまは出ていってしまった。

そしてそれを最後に、サンタおじさまが私達母子の家を訪れることは二度となかった。

もちろん、サンタクロースからのプレゼントも二度ともらえなかった。


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