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母親が再婚したいと打ち明けてきた時それに対する反応がどうであるかは、相手がどんな男かはさておき、子供の年齢に因るところが大きい。

土方の場合、彼は既に大学四年の卒論執筆が佳境に差し掛かっている後期に、家族が増える是非を問われた。

反抗期ならば舌打ちの一つもしたろうが、不安げに反応を伺う母親の表情を汲み取れる程度には成長しており、苦労してきた彼女の人生とその苦労の大半が自分だったことを考え合わせ、一番望まれる答えを示した。

「おめでとう、母さん」

揺らいでいた視線が止まり、嬉しそうにふっくらと持ち上げられた頬を見て、自分が間違っていなかったことを知る。

新しい父親には自分より二つ上の息子がいると聞いても、土方はなんの懸念も持っていない事を伝えるよう、ただ「そうか」と頷いて小さく笑むだけだった。

そのうち顔合わせで握手の一つもすれば、後は住んでいる場所も生活圏も違うから、ほとんど関わる機会はないだろう。そう考えていた。

だが、あれから六年経った今現在。

土方は義兄の山南敬助と同じマンションの、隣りの部屋に住んでいる。




「山南さん、夕飯はどうする。一緒に食って帰るか」

「勿論。ですがもう一人同席させてもらっても構いませんか」

「誰かと約束があるんだったら俺は遠慮するが――」

「いえ、君にも同席してもらえる方が都合がいいんです」

生徒も、教師すら帰宅して静まり返った職員室のデスクで、明日配るプリントの準備をしていた土方は、傍らに立つ山南を横目で見上げた。

親同士の再婚で戸籍上の苗字は山南に変わったが、そのまま旧姓を通している。

双方の連れ子が既に成人している状況。反対はなかった。

土方の姓を名乗る事が出来たのは正直ありがたい。山南という苗字になった自分は想像出来なかった。

清潔な白衣のポケットに片手を入れて立っている義兄は、話しかけてきた時からずっと、何か楽しいことを考えているような顔でいる。

ふと、六年前の初対面の挨拶を思い出した。

彼を見た瞬間、ああこいつは食えない奴だなと直感した事を覚えている。

悪人面じゃないだけ余計に性質が悪い。軽く口端を持ち上げた面は一見柔和で優しげだが、眼鏡の奥の瞳は冷静な観察者のそれだった。

防犯カメラに似ている。起きたこと、見たものをありのままに記録する目だ。

握手していた手が離れるまでの僅かの間、データを取られているような気分になった。

山南も何か感じ取ったらしい。会話は終始穏やかに進行したが、互いの目は笑っていなかった。

あれから月日が経ち、同じ職場で働き同じマンションへ帰る生活の中で、山南に対する印象は随分と変わった。

敬語を崩さないのが距離をおきたいからではなく、単なるクセだという事も知っている。

振れ幅の少ない表情、抑揚を抑えた口調、穏やかな物腰に丁寧な言葉遣い。自分とは好対照な男だ。

だがお陰で互いのプライバシーに踏み込むことなく、諍いもなく、いい関係が保てている。


「都合がいいってどういう意味だ。まさかあんた、また女を紹介したいってんじゃないだろうな。ちゃんと付き合えるような暇はねぇぞ。知ってるだろ」

「分かっていますよ、若くて有能な土方教頭は年中忙しい。可哀想に」

「思ってねぇくせによく言うぜ」

「心外ですね、保健教諭として義兄として、心から心配しているというのに。と、冗談はさておき」

……冗談かよ。

「女性を紹介したいというのは間違っていませんが、君に新しい恋人をというわけではありません。私の恋人に会ってもらいたいんです」

手を止め顔を上げると、そんなに驚かないでください、と困ったように小さく笑みを浮かべている山南と目が合った。

「付き合ってる女がいたのか」

「ええ、まぁ。といっても交際してまだ三ヶ月ですが。私が女性と付き合っていてはおかしいですか?」

「いや、そういうわけじゃねぇが。そうか、だったら後30分でこいつを終わらせる。彼女さんに連絡しといてくれ」

「分かりました」

彼は携帯を片手に傍らから離れ、戸口の方へ向かった。

同じ私立高校の教頭と養護教諭。近藤さんが山南さんを専任教諭として紹介した時には驚いたものだ。

が、共通の目的意識があると分かったことで、関係は一気に密になった。

経理の面から支えているのが山南で、彼は実務を仕切る自分がどうあっても協力を得たい人間だ。

その上、義理とはいえ兄弟。ならば今夜はどんな女が来ようと、笑顔で美味い飯を奢ってやろう。


土方は山南の選んだ女性がどんなか一瞬想像を巡らせようとしたが、会えば分かるだろうと雑念を払って、残務を片付け始めた。





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