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原田は腕の中で安らかに息をするテッサを見つめる。
『なあ、おまえが居た世界の話してくれよ』
『貴方の知らない話ばかりですわよ』
『だから聞きてえんだ』
八木邸で、西本願寺で、不動尊屯所で。
茶を飲みながら、酒を飲みながら彼が強請ると、テッサは楽しげに昔語りや扉をくぐる直前までの話をした。
エルフの里や、冒険で行った街の話。住居を構えたオランの様子や沢山の妖魔に出くわした時の事。
話は何時も面白く、楽しかった。勿論、話し手も愉快なものを選んだのだろうけれど。
特に冒険譚を好む彼に『変なひと』と言いつつテッサの表情は嬉しげで。
その世界へ帰る目処もつかないまま恋仲となったとき。『もう戻らずに、此方の世界の住人になろうと思うんですの』と、告げる彼女の決意と微かに寂しさの混じる瞳は美しく。
離隊後、靖共隊や彰義隊として戦う彼に『左之助さんの戦は、わたくしの戦でもありますわ』と、宣言する姿は彼女が元居た世界の戦女神かと思う程勇ましかった。
テッサの一番いいように。そう考えている筈なのに、原田の頭の中では彼女の様々に変わる表情がくるくる廻るばかりだ。
――早くどっちか選ばなきゃならねえってのに、畜生。
彼女が今目覚めていたとしても、きっと「左之助さんが一緒なら、何処でも」なんて言うのだろう。
――なあ、テッサ。
――おまえなら、どっちを選ぶ?
その問いかけを心の声で呟いたとき。
開いていた扉から、緩い空気の流れが生じて彼の頬を撫でた。
はっとして顔を上げた原田は、異世界から吹く風の声を聞いた。
彼を未知なる世界へ誘う甘美な音無き声は、迷いをあっさりと吹き飛ばし冒険へと背中を押す。
「テッサ。こりゃあ、抗い難い事この上ねえなあ」
固唾を飲んで彼を見つめていたアレクラスト大陸の仲間達に苦笑いして見せると、原田はテッサを抱え直して立ち上がる。
扉の前に並ぶ面々に「決めた」と告げると、彼はそのまま向こう側の世界へ歩きだした。
「お?おまえさん、槍使うのか。いいなあ。このまま俺達の仲間になってくれよ」
「ヴィクトル、彼の意向をきちんと聞け」
「シネイド。僕、仲間がふえたからお祝いの宴会したい」
「こら。イグナーツは理由を付けて飲みたいだけでしょ!ねえ、左之助さん、本当にこんな人達でいいの?」
「いや、俺はイイと思うぜ。これからよろしく頼む」
やがて扉はゆっくりと閉じて、賑やかな声も途切れて後には深い藪と雨音だけが残された。
こうして、原田左之助は日本の歴史から姿を消してアレクラスト大陸の住人となった。
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