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「きゃああ!テッサ姉様が血まみれ!!シネイド、早く、姉様が死んじゃう!!」
次いで、けたたましい子供のような女の声。
「ヴィクトル、マーヤ、其処を退いてくれ。治療が出来ない」
深い藪の中、丈の高い雑草しかないはずの空間が突然淡く白く光る縦長に切り取られ、その中から彼等は出現した。
小さな子供とごつい鎧の男を掻き分けて、丈の長い服を纏った瀟洒な男が原田の前に屈み込む。
警戒心を露わにする彼に「治癒をする」と告げてシネイドと呼ばれた男はそっとテッサの額に触れて何事かを呟いた。
男の指先に淡い光が宿り、それが消える頃には傷が塞がって彼女の切迫で浅い呼吸は和らいだ。
「目覚めるまでには幾分か掛かるが、もう心配は要らない」
「助けて貰った事はありがてえが、おまえら何者だ」
警戒を解かず固い口調で問われたシネイドは気分を害する事もなく、少し何事かを考えて居たようだが、ややあって自ら名乗った。
「私はシネイド。知恵の神に仕える神官だ。あの鎧の男がヴィクトル。小さいのがマーヤ。杖を持ってるのはイグナーツ。女みたいな顔をしているが男だ」
「……テッサの仲間か」
「話が早くてありがたい。彼女から聞いたのか」
「そうだ」
彼の胸中に、彼女との今まで積み重ねて来た記憶が過ぎる。
テッサも此方に来た当初は仲間の身を案じて『扉』を懸命に探していたのだが、月日の流れと原田との関係が変化するに従って次第に消極的になっていた。
だが、彼等はテッサを探す事を諦めて居なかったのだ。
出会ってからそれほど経っていない頃であれば、原田も彼女を笑って元の世界へ見送る事が出来ただろう。
しかし、今は互いに思い合い、「戦が終われば所帯を」なんて話もほんのりだがしていたのだ。
『迎えが来て良かったな』とはもう言ってはやれない。
「四年もかけて探すとは、ご苦労さんなこって。俺は原田左之助。こいつの亭主だ」
「「「亭主!?」」」
原田が自身を『亭主』と名乗ったのは、この歳月は彼女が新たな居場所を築くまでに充分な長さで、以前の彼等の『仲間』のままではないという彼なりの意思表示。
それに衝撃を受けた彼等の反応は原田の想像通りだったのだが、かつての仲間の放った言葉は彼の想定外だった。
「ちょっ、待て待て待て。亭主って何だ亭主って」
「たった四日で婚姻を!?姉様は騙されてます!!」
「此方の婚姻とは、出会った時のインスピレーションで決めるのかね?」
「僕達が必死になってる間に一体何があったのかなー。僕、凄く興味あるんだけど」
「おい、四日って何だ」
不審に思い話を遮ると、シネイドが原田に問いかける。
「彼女が君と出会ってどの位だ」
「今度の冬で、丁度四年になる」
「君には信じがたいだろうが、テッサが私達の前で扉の罠に吸い込まれたのは四日前だ」
「……そういう事かよ」
仲間達がテッサの伴侶の存在に驚いたのも無理はない。
「扉の向こうと此方では、時間の進み方が違うのか。実に興味深い。だが、我々にはあまり時間が無い」
「?」
「姉様を探す為に、この扉を『とある人物』に無理を言って開けて貰ったんです。この砂時計が全て落ちる前に閉める条件で」
テッサを『姉様』と呼ぶ少女が大きめの砂時計を原田に見せる。
中の砂は残り半分。
彼女の目覚めを待つ時間は無く、この場に居る者たちでどうするかを決めなければならない。
「なあ、左之助さん。あんたが決めてくれないか」
「ヴィクトル!」
「四年、一緒に居てくれたんだろ?彼女のこと分かって彼女の為の判断してくれりゃあ、俺は構わない」
「私も同意する。夫婦を引き離すのは忍びない。二人で此方に来るか、其方に残るかは君が決めてくれ」
ヴィクトルが提案し、シネイドとイグナーツが同意してマーヤが渋々頷く。
彼等は二人の四年を尊重し、原田に決定を委ねた。
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