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事態は彼女が想像していたよりはるかに深刻だったらしい。
呆然となってしまったテッサは、土方や原田に問われるまま先程までとはうって変わって自分の種族から出自から家族構成、長年連れ添った夫と死別したことまで素直に白状した。
「で、おまえは『冒険者』として遺跡の探索中、事故に遭ったんだな?」
「そうですの。気がついたらこちらに。一瞬、扉(ゲート)が開いたのが見えたので、どこかに飛ばされるんだろうとは思ってましたけれど」
まさか、まるっきりの異世界とはね。と、テッサは溜め息をついた。
「その、扉(ゲート)というのがあれば帰れるのかね?」
近藤が彼女の身の上が心配になって尋ねるが、答えは先行きの良くなさそうなものだった。
「分かりませんわ。扉がどこに繋がっているかは飛び込んでみないことには」
そして、その扉自体も旧世界の遺物である為、遺跡や古い神殿の地下等にひっそりと存在するもので、簡単に見つかることはまず、無いと言っていいらしい。
「ともかく、こうなったら仕方ありませんわ」
薄い胸を張ると、彼女は幹部達が思いもつかなかった言葉を吐いた。
「わたくしを、此方で雇って下さいませ」
「「「はあ!?」」」
複数の声が疑問符を発した。
「扉(ゲート)を探すにも、此処で生きて行くにも、食い扶持稼がなくてはなりませんもの。足手まといにならない自信はありましてよ」
にこりと笑うその表情は、確かに子供には似つかわしくない含むものやある一定の自信に満ちて、齢200を超えるというのは嘘では無いと思えるものだった。
「女を隊士なんぞにするわけにはいかねえよ。大人しく雪村千鶴と引きこもっとけ」
「非力だからって、何も出来ないと思ったら大間違いですわよ」
挑戦的な視線を土方に向けたまま、テッサは更に彼等を挑発する。
「あなた方を一遍にお相手しても、負けない自信はありますわ」
「ふうん。君、面白いこと言うね」
楽しそうに笑う沖田の目が剣呑な光を帯びる。
「そんなちっちゃい身体じゃあ、一対一でも君の方が大怪我すると思うけど?」
隣の斎藤が軽く身じろぎした。
恐らく、好戦的な彼が何かしようとしたときに止めに入るつもりだったのだろう。
しかし、彼女の行動は彼等の想像を超えていた。
「それはどうかしら」
テッサがすっと立ち上がると、それまで両手を拘束していた縄がばらりと床に落ちる。
そして、抜刀しながら走り寄る沖田の足元へ小さな袋を投げつけ短く叫ぶ。
「スネア!」
滑るように転がった袋から土が零れ落ち、そこから五指を持った手が現れて彼の足首を掴み転倒させた。
それと同時に立ち上がりかけていた原田、永倉、平助に向けて今度は人差し指を突きつける。
「シェイド、三倍に範囲拡大!!」
「何だこりゃあ!!」
「おお!?何にも見えねえぞ!!!」
「どうなってんだ、コレ!?」
ぼわん、と真昼の広間に現れた濃い闇に飲み込まれ、三人は驚愕の声を上げた。
「おいこら!てめえ、何しやがる!!」
「ミュート」
土方の周囲から、一切の音が消える。
口を開いて何事が怒鳴っているようだが、その声は一向に聞こえない。
そして、千鶴を広間の隅に遠ざけてから彼女と対峙しようとしていた斎藤へ、髪に挿していた柳の枝を放った。
「バインディング、達成値上昇!!」
「!!!」
蔓のように伸びて音を立て巻きつく枝を、二度、三度と刃で打ち払った斎藤だが、際限なくまとわりついてくる柳にとうとう絡めとられ、横転してしまう。
「ウィル・オー・ウィスプ……」
沈黙状態のまま、向かって来た土方に向けてテッサは精霊を呼び出そうとしたが、彼女の精神力は丁度底をついたようだ。
一瞬、ふわりと光の玉が出現したものの、彼女が失神して床に崩れ落ちると同時に消え失せた。
「なかなかどうして、侮れない御仁のようですね」
局長である近藤を背後に庇い立て膝の姿勢で刀の柄に手をかけていた山南が、溜め息混じりに呟いた。
広間の混乱は一刻かけて漸く収まり、当人が意識を失ったまま処遇が決定した。
『近藤、土方両名が個人的に護衛として雇う』
「近藤さんは、人が良すぎますよ」
と、沖田は苦笑いするしか無かったようだ。
被害に遭った筈の幹部達が積極的に否を唱えなかったのは、彼女が彼等を「出来るだけ傷つけないように」していたのが何となく伝わったからかも知れない。
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