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「そんな!『まさかの夢オチ』なんて認めませんわよ!?」
『堕ちた都市』に近い宿屋の一室で目覚めたテッサは、『原田と出会った事は夢だったのではないか』とやや取り乱した。
昏睡に陥る前は戦場から落ち延びる最中で、しかも彼女は『扉』から仲間達が来るところを見ていないのだから、混乱するのも無理は無い。
「ひどいわ。こんな事って」
「うお!テッサ、目ぇ覚ましてすぐ泣いてんぞ。な、どうした。どっか痛むのか?」
遥か東の国の物語の『長い人生はひらひらと飛ぶ蝶の夢』のように、原田との四年弱もたった一晩の夢かと涙目になるテッサを、仲間達は訳も分からず宥める。
「シネイドにもう一回、キュアウーンズかけて貰った方がいいのかなあ」
「姉様、一体何が姉様を悲しませているのですか。どうかこのマーヤに教えて下さい」
「ヴィクトル、イグナーツ、マーヤ、騒々しいぞ」
自分を労ってくれる仲間達に、上手く言葉を返す事が出来ずにテッサは俯いた。
――言えない。
――夢の中で過ごした恋人が居ない事が辛くて悲しいなんて。
きゅっと布団の端を握りしめている手を見つめて涙をこらえていると、誰かの温かで大きな手がわしわしと頭を撫でる。
「どうした。まだどっか痛てえとこあるのか」
「……ありませんわ。どこも」
痛むのは、心。
悲しくて、いたい。
「じゃあ、何で泣きそうになってんだよ」
「ちょっと悲しい夢を見ただけですわ……って、えええええ!?」
優しい声が此処に居るはずのない人物に似すぎていることが気になって彼女が背後を振り返ると、そこには赤い髪の恋人がいて。
「左之助さん!!」
それが幻ではなく本物だと分かった瞬間、テッサは原田の胸に飛び込んで、瞳から涙を溢れさせた。
「ゆ、夢かと思っ…」
「んな筈ねえだろ」
華奢な身体を易々と受け止めた美丈夫は、小さく笑って可愛い恋人の涙を拭う。
「だって、」
「まだ信じらんねえか?なら、手っ取り早く確かめる方法があるだろ」
琥珀色の瞳を細めて萌黄色のそれと視線を合わせると、彼女は頬を染めて目を閉じた。
二人が口唇を合わせるよりずっと前に空気を読んで隣室へ移動していた仲間達は、原田と自分たちの選択が間違っていなかったことに祝杯をあげた。
「左之助さん、本当にこれで良かったんですの?」
「ん?」
「こんな形で扉をくぐって、此方に来たことですわ」
恋人の腕の中でこうなるに至った経緯を大まかに伝えられたテッサは、少し不安げに彼を見上げる。
「それなあ、テッサ。俺にも聞こえちまったんだ」
「なにが、ですの」
「おまえが聞いたっていう『風の声』だ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、テッサは泣きそうな顔で、笑った。
翌日、朝食の席でテッサは衝撃の事実を知る。
彼女を助けるために扉を開けてくれた『厄介な御仁』は、その代償として仲間達にとある『クエスト(呪い)』をかけたのだ。
「で、その内容はというとね」
『南の海に棲む海竜を仕留めてその牙を持ち帰ること』
それを聞いた直後、テッサは一瞬意識が遠のいた。
『何て無茶を』と言いかけるが、はっとして俯く。
彼等は仲間である彼女を助けたい一心で、この無謀とも言える試練に挑むことを決めたのだ。
申し訳無さすぎて小さくなるテッサにそれぞれが「気にするな」とそれぞれの言葉で伝え、ヴィクトルが豪快に笑った。
「テッサ。おまえの旦那も仲間になってくれたんだ。何とかなるさ」
食後、色々と装備の足りない原田の為に買い物をすることになり、彼はテッサと連れ立って宿屋を出る。
晴れ渡る空の色は青く美しく、どちらの世界でもそれは変わらない。
違うのは、空気の匂い。
「左之助さん、わたくしが色々案内しますわ。ここは古代遺跡の近くで、いい装備が結構出回っているんですのよ」
「ああ、任せた」
楽しげに歩く二人をアレクラストの風が撫でてゆく。
その音無き声は、恋人たちの未来を祝福しているように聞こえる。
壮大な冒険は、今、始まったばかり。
補足説明あります→
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