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明日のイブは休めるというトシに連れられて、都心の立派なホテルに来た。
大学時代のお友達がバーテンダーをしているとかで、私を紹介したいからって。
最上階にあるバーへの直通エレベーターで、紹介すると聞いて俄に緊張が高まった。
初めて会うお友達が私を悪く言う筈は無いけれど、どこかおかしな所は無いかしら。
エレベーターの背後に取り付けられた鏡で身形を確認する私に、トシは「充分綺麗だから心配すんな」と笑った。
ひえぇ、綺麗だなんてそんな、普段言われ慣れない言葉を聞くと却って緊張するんですけど!
ククッと低く笑ってわざと肩を抱くトシに誘われて、手と足が一緒に出るような変な歩き方で、静かにクラシックが流れる高そうなバーに足を踏み入れた。
「初めまして。山南と申します」
「俺は原田。土方さんの後輩だ」
「初めまして。清田聖子です」
ゼミの先輩だという山南さんと、サークルの後輩だという原田さん。
銀縁の丸い眼鏡をかけた山南さんは穏やかな物腰の知的な人で、原田さんは赤い髪が印象的ながっしりとした色男だった。
「やっと連れて来ましたね。いつ紹介してくれるんだろうと、原田君とやきもきしていたんですよ」
風貌通りの柔らかな口調で、グラスを滑らせながら山南さんがトシを軽く睨む。
「いいだろ別に。あんた達に紹介したからって何が変わる訳じゃねぇんだ」
「よく言うよ。聖子ちゃん、あのな。土方さんって昔っから腹立つくらいモテてさ、いっつも女の取り巻き引き連れて歩いててよ。
なのにどうでもいい女の話はするくせして、聖子ちゃんの話はこっちから訊かなきゃまずしねえんだぜ。
あれだな、おおかた俺に盗られるとでも思ってんだな」
「っだと原田!俺がいつテメエに盗られるとか心配したってんだ!」
「してんだろ今も。ったく、大事なモンこっそり隠しとくなんて、ガキじゃあるまいし」
「なんだとコラ!」
「やめなさい原田君。それだけ清田さんが大事なんでしょう。いいんですか?そんな意地悪を言うなら、あなたの彼女に色々言いつけますよ」
「うっ…い、いやそれは勘弁してくれ」
仲の良い同年代の男性3人がやりあう様子が可笑しくて緊張が解ける。
下を向いて笑いを堪えていると、カウンターの奥でチンと軽い音がして山南さんが離れて行った。
「ディナーは居酒屋だったそうですね。せっかくですからケーキくらい召し上がりませんか。私からのクリスマスプレゼントです」
数分で戻って来た山南さんは、平たい正方形のお皿に載ったチョコレートケーキを出してくれた。
「わあ…!ありがとうございます!」
真っ白なお皿の右上に、粉雪みたいな粉砂糖がかかったフォンダンショコラ。
ケーキの左脇にスライスしたイチゴで象ったお花と、ピンクに色付けされた生クリームのバラ。
バラの花弁の端には、銀色のアラザンが雫のように載っている。
ラズベリーソースかしら、赤いソースでお皿の余白に『Merry Xmas』と書いてあって、スミレの砂糖漬けが散らしてあった。
「可愛い!ね、写真撮ってもいいですか?」
「いいからさっさと食えよ。写真じゃ腹は膨れねぇぞ」
食べてしまうのが勿体無くて携帯を取り出すと、隣から呆れた声が水を差した。
「だって記念じゃない!食べたら無くなっちゃうもん!」
「ならもっと綺麗にしてやるよ」
原田さんが長身の身体を屈めて、細長い金属の棒を取り出した。
「山南さん、照明落としてくれ。お客様、申し訳ありませんが少々暗くなります。
聖子ちゃん、準備いいか?」
「は、はい!」
手元がやっと見えるくらいの暗さになって、慌てて携帯を構えた時、パチパチと火花が散って花火の光にお皿全体がぼうっと浮かび上がった。
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