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当たり前だけど、デートに使うような洒落た店はどこも満席だった。
「予約っていう便利なシステムがあること、知ってる?」
寒いのと疲れたのとお腹が空いたのとで、つい嫌味が口をつく。
「……忘れてたんだよ、忙しくて」
「もういいから、次空いてるお店があったらどこでもいいから入ろ」
何もかもどうでもよくなって、適当なお店の暖簾をくぐった。
カウンターの後ろに幾つかの個室があるきりの小さなお店は、クリスマスムード皆無の、忘年会らしいおじさんが濁声で喋り散らしている和食の料理屋さんだった。
「ちょっと、悪い」
カウンターに並んで座るなり、携帯を手にお店を出て行ったトシは、なかなか戻って来なかった。
まだ仕事かしら。
別にそれらしい演出をして欲しいとか思うほど乙女ではないけど、放っておかれるのはなんだか寂しい。
もう帰りたくなって、ちょっとだけ悲しくなって、鼻の奥がツンと熱くなった。
しばらくして戻って来たトシと並んで、あまり会話も無いまま純和食の夕食を摂って。
せめてケーキくらい食べたかったなと少しだけ残念に思いながら寒空の街へ出た。
コートの襟を掻き合わせてマフラーをしっかり巻き直したら、ふわりとトシの匂いが立ち昇った。
いつも着けているネックレスは、去年のクリスマスにトシが贈ってくれたもの。
プラチナの細いチェーンの先にぶら下がったフクロウのチャームは、丸っこいお腹が素焼きのプレートになっていて、香水を染み込ませることが出来る造りになっている。
誕生日にくれた香水をつけるといいって言われたけど、私はいつもトシの家に行く度に『男除け』と称してトシの使っている男性用フレグランスを拝借していた。
考えてみたら、トシはいつでも身に着けるものをプレゼントしてくれる。
洋服だったり靴や鞄やアクセサリーだったり、その時々で趣向を凝らして、サイズも好みもピッタリ合うもばかり。
今着けているピアスも、「俺の許可無く身体に傷をつけるな」なんて怒りながら、一昨年の誕生日に買ってくれた。
そっか、なかなかゆっくり会えないけど、こうしていつも側に居てくれてるんだ。
ぶっきらぼうで甘いセリフも滅多に聞かせてくれないけど、ちゃんと私を見ててくれるんだ。
気付いてしまえば全部、付き合い始めてからの全部の時間が2人の思い出で埋め尽くされていた。
クリスマスのデートが和風だったことくらい、仕事ばっかりで構って貰えないことくらい、大した問題じゃないじゃない。
マフラーの隙間から深く息を吸い込んで、機嫌を直した私は隣に立つトシの腕にギュッと抱きついた。
「どうした、珍しいな」
「うん……」
肌触りのいいコートの腕に頬を擦り寄せて見上げた街並みは、イルミネーションの光でキラキラ輝いて見えた。
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