四 

祝い酒をしたいと言い出した月乃に、思いついたのは千鶴が用意した菖蒲酒だった。
丁度、仕事が終わったら飲んでくれと部屋に持ってきてあったから、二人で盃を交わすことにした。

「菖蒲酒か。千鶴も気が利くな。」

月乃はそう楽しそうに唇で弧を描き、淡く薄緑色に色づいた透明の酒が濯がれた盃を掲げる。
俺の自分のそれを手に取れば、満足そうにスッと目を細めた。

「トシの生まれ日と、端午の節句に。」
「・・・ああ。」

カツンと軽く縁を合わせてから唇へ運ぶ。
僅かに残る臭みさえも旨く感じる、口当たりの良さに驚いた。
こっちの菖蒲酒を飲むのは初めてだが、江戸の物より造りが丁寧だ。
向かいで一気に盃をあけた月乃も、ほうと感嘆の声を上げている。

「旨いな。」
「ああ、驚いた。」

旨さ故に飲み過ぎないようにしなければと、そんなことを思いながら徳利を傾ける。
満たされた酒をもう一度口に運んで、月乃はまた笑みを浮かべた。
どうやら、この酒は彼女のお気に召したらしい。

「飲み過ぎるなよ。」
「案ずるな。私はお前ほど酒に弱くはない。」
「だがな・・・。」

男と張れるくらいに酒に強いのは知っているが、今日はいつもとは違う慣れない酒だ。
しかも、恐らくだが多少なりとも疲れが溜まっている筈だった。

「なんだ、気に掛けてくれているのか?」
「ったり前だ。」

条件が違うのだから酔いも回りやすいと言えば、心配性過ぎるを笑い飛ばされた。

「その気持ちだけ有り難く受け取っておく。」
「・・・ったく。お前は少しも俺の言うことを聞きやしねぇな。」

そう溜息を吐きつつも諦めてしまったのを、後で悔やむことになるとも知らずに。



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