二
夜も更けた頃、自室の前に気配が一つ舞い降りた。
漸くかと小さくした灯りの中で顔を上げれば、それを見計らったかのように声が掛けられた。
「土方、起きているか。」
いつもより控えめで囁くような声音なのは、時刻が時刻だからだろう。
「ああ、入れ。」
そう言えば僅かに襖が開いて、その間から細い身体が滑り込んできた。
忍び込んだ夜風に長い黒髪が揺れて、整った顔が灯りに照らし出される。
「月乃。」
綺麗な響きの名を呼べば、振り返ってクッと笑みを浮かべた。
「お前はいつも、俺の名を呼ばないな。」
「呼んでるじゃねぇか。」
「俺≠フ名は呼ばないだろう。」
「・・・知らねぇな。」
呼ばないというより呼びたくないだけだ。
俺の中で、こいつは男ではあり得ないから。
「どうだった。」
「何も無い。」
月乃はそう言って、向かいへ腰を下ろして続ける。
「幕府からも朝廷からも、これでもかというくらいに警護が出されていた。あんな中何かをしようという馬鹿は居ないだろう。」
「不振な奴も見なかったのか。」
「俺の目が届く限りには。」
「お前の目に留まらなかったってことは、本当に居なかったってことか。」
報告を聞いて軽く息を吐き出した。
こいつを付けていたのは御所の方だったから、何かあっては笑い事では済まされない。
だからこそ月乃を行かせたのだが、心配するまでもなかったようだ。
「悪かったな。供も付けさせずこんな時間まで大変だっただろ。」
「問題ない。一人の方が何かと楽でいい。」
あまり目立つのは得策じゃないしなと、月乃はあっさりと答える。
元々一匹狼的なところのある女だか、こうも自立していてはどこか詰まらない。
甘えた言動を好む訳じゃないが、もう少し違う一面も見てみたかった。
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