5.リップクリームで唇を潤して (風間/現パロ)
「…………また、外をみていたのか」
長く美しい指が、そっと髪を掬い上げ、露わになった首元に唇を寄せる。
目下に広がる夜景を見せる大きな窓が鏡の代わりとなり、その姿を映しだした。
「うん、だって何回見てもキレイだなぁって………」
少し前まで純白のドレスを着て笑って泣いて、幸せを噛みしめた。
今日から一生寄り添っていくと誓った千景と、夫婦として彼の家で暮らす初めての夜。
少しこそばゆくて、それでいて実感はあまりなくて。
でも結婚前から何度も来ていたこの家から見える夜の街は、今までより美しく見えた。
「そう食い入るように見ずともよい。これから毎晩見れるのだからな」
ぶっきらぼうな言い方にも、もう慣れた。
その言葉の中に優しさがつまっていることも、知ってるの。
「うん、そうね…………それよりも、何か羽織ってくださいませんか、旦那様?」
風呂上りの美男子が、腰にバスタオルを巻いただけだなんて、何と心臓に悪い絵なのでしょう。
美しく締まった上半身を惜しげもなく晒していらっしゃる。
「ふん、今更どうした。もう見慣れたものだろう」
意地悪に口角をあげた彼は、ずっと髪の毛を遊んでいた手を、首筋から腰へとずらす。
それが何を意味するか何度も経験して学んだ私は、彼の手をさっと掴んで微笑んだ。
「それは後で。私もお風呂に入らなきゃ、お湯が冷めてしまうでしょ?」
バスルームから聞こえてくるシャワーの音に、すっと目を細める。
まさか、この俺がこうして所帯を持つとは―――以前の俺が見たら、鼻で笑うのだろうか。
ずっと女などいらぬと思っていた。
外見や財産、地位しか見ていない者ばかりだと、本当の俺を知ろうとする者は誰もいないのだと、そう決めつけていた。
そのような俺を変えたのは、桜ただ一人。
媚びることをせず、相手のことを気遣う優しさで溢れており、どこまでも純粋さを失わない。
それでいて、さっきのようにこちらからけしかければ、どこまでも気高く美しく妖麗に咲く。
このような上等な女が他にいるのだろうか。
…………っふ、俺もずいぶんとあいつに入れ込んだものだ。
千景はそこまで考えて喉を鳴らすと、さっとシルクの上を羽織った。
春夏秋冬、いつの日もお風呂上がりの乾燥は女の大敵。
お気に入りの化粧水と乳液、グレープフルーツの香りのボディークリームをしっかり塗り込んでいく。
髪を乾かして歯を磨いたら、リップクリームをつけることも忘れずに。
そのままダイニングに向かえば。
ソファーに腰かけ、ワイングラスを傾ける旦那様。
来い、そう目で言われるままに隣に座ると、すぐさま額に落ちてくるリップ音。
「…………千景の唇、女の子みたい」
思わずそう呟けば、顔をしかめる彼。
しまった、と思うけれど後の祭り。
「随分と生意気な口をきく。そのような口は…………」
食い尽くしてやる、そう低く囁かれ塞がれる。
千景のふっくらと、それでいて力強さを感じさせる唇が、淡く優しく動いていく。
「っふ…………ん……っ…」
意識せずとも漏れる声に甘い響きを見つけ、サッと頬に熱が走る。
ニ・三度やわらかく下唇を噛まれ、そっと離れていく千景。
そのまま扇情的に唇を舐めとった彼は、熱を孕んだ目で私を見つめながら。
「俺の唇が女の様であるのは、桜。お前のせいだ」
お前のこのリップクリームの、な。
そっと後ろに倒されれば。
あとはただ、愛されるだけ。
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