3.アイシャドウで目元を飾って (斎藤/現パロ)

大きな桜の木に蕾が目立つ、まだ少し肌寒い日に。
たくさんの笑顔と涙を見守ってくれた校舎に別れを告げてから。
いったい、どれくらいの時間が経ったのだろう。
志望大学に合格して、ずっと憧れていた一人暮らし。
初めての家で、初めての料理をして、初めての夜を迎えて。
あぁ、そういえば、ホームシックにもなったっけ。
見もしないテレビをつけて一人で食べた夕食は、少ししょっぱい味がした。




ふと、桜は手を止める。
いつもの癖で、そっと左手の親指で唇をなぞっていく。
目の前に並ぶ文字の羅列に頭を抱えること、約10秒。
そっと右手をバックスペースキーに持って行くと、少しずつ白い色が増えていく画面。
それに溜め息を一つ吐くと、カフェオレを入れるべく台所に向かった。

楽しそうだと、ただそれだけの理由で選択した、文学。
読んで感想を書くだけだと思っていたその授業で最初に出された課題は『今までのあなたのについてエッセイを書きましょう』なんて、意味の分からないものだった。

提出期限は、明日。

こんな状況を彼が見たらまた呆れられるのだろうな、と想像すると浮かんでくる苦笑い。
でも、そんな時だからこそ会いたくて、桜はそっとスマホのリダイヤルボタンを押した。



新入社員には良心的ともいえる、30分だけの残業を終えた俺を呼び出すコール音。
ディスプレイを見なくても、誰からなのか手にとるように分かる。
そして、その用件が何であるのかも。
呆れ半分、嬉しさ半分で通話ボタンを押すと、やはり聞こえてくるのは桜の声で。

「もしもし、はじめさん?お疲れのところ申し訳ないんだけど、課題を手伝ってほしいな〜なんて………」

「あんたは本当に申し訳ないと思っているのか?」

と聞く俺に、アハハと乾いた笑いを漏らす桜。

「期限は?」との質問に「明日!」と即答した彼女に溜め息をつくものの、つま先は自然と彼女の家に向いていた。




ダークブラウンのドアの前に立つと心臓が少し忙しくなるのは、いつものこと。
インターホンを押すときに指先が少し震えるのも、いつものこと。
そして、「はーい」と姿を見せる桜を愛おしく感じるのも、いつものことだった。


ダイニングテーブルに向かい合って、エッセイのプロットを立てていく。
中央に置かれた紙には、二人分の筆跡。
それが心を温かくしていくのを感じ、目の前の桜をふと見て感じた違和感。

「………アイシャドウ、変えたのだな」

いつものブラウンからオレンジのような色へ変わっているのに気付き、声をかけると。

「うん、一目惚れしたの。ふふ、気づいてくれたんだね」

そういって嬉しそうに笑う彼女。
そんな桜の目元に指を滑らせると、見つめる瞳に燻る炎。
そっと顔を寄せると自然と触れ合う唇に、この上ない幸せを感じるといえば、人は笑うのだろうか。


そんなことを考えていると、震える唇から、彼女が笑っていることが伺えて。
何だ?そう目で問えば。

「はじめさん。ダメだよ?課題してしまわなきゃ」

その言葉にふと我に返った俺は、熱くなる頬を誤魔化すように、そっと低く囁いた。

「あぁ、すぐに終わらせよう。そのあとは………」



そのあとは、言わずもがな、と言うものであろう。



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