2.長い髪をくくって (沖田/現パロ)
「ねぇ、もっとオシャレなお店ないの?」
女の子が言うことなんて、みんな同じ。
オシャレ、キレイ、美味しい。
さらに言うと、高ければ何だっていい。
雑誌で紹介されているようなバーに行き、この後部屋をとっていると仄めかせば。
それだけでこの上なくご機嫌なんだ。
めんどくさい。
とってもめんどくさい。
結局、僕の両親からもらったこの顔とお金だけしか見ていない。
「やっぱり、この辺は何にもないのね〜。でも、いいのよ?私、総司と一緒にいればそれだけで幸せだから」
目の前のこの女の子も、今までの子たちと変わらないんだ。
口ではそう言うけれど、その横顔が不満を隠しきれていない。
僕の前では猫をかぶりいい女を演じる、それが何故か苛立ちをひどくさせた。
そんなことを繰り返していつしか女性を疎んでいた僕が、初めて好きになった人。
同じ会社で同じ課の、桜さん。
ふたつ年上の彼女は、僕よりもしっかりしていて大人で。
そして自分を飾らないところが魅力的な女性だった。
「それじゃ、お疲れ様。沖田君もしっかり休みなね〜」
そんな彼女は、もちろん今までの女の子たちと違って僕に色目を使うこともなく。
いつしか追いかけられるばかりだった僕が、追いかける立場になっていた。
今だって、仕事のミスで夜遅くまで外回りを土方さんに押し付けられた帰り。
夕食でも一緒にどう?なんて言ってきてもよさそうなのに、この一言。
あっさりと駅に向かう彼女の足取りはとても軽やかで。
それが僕に興味なんてないんだ、と言われているようで面白くない。
惚れた方が負け、なんて上手いこと言ったもんだよね。
「桜さん!」
思わずその後ろ姿に声をかければ、ダークブラウンの長い髪を靡かせながら振り向く彼女。
その顔には疑問の色しか浮かんでいなくて。
もっと、こう、期待の眼差しとか送ってくれてもいいんじゃないの?
なんて自分で思っている時点で、僕は彼女にぞっこんらしい。
「この後、暇ですか?せっかくだし、夕食でもどうかなぁって」
初めて言ったセリフ。
まるで付き合いたての彼女をデートに誘う中学生みたいに、僕の心臓はバクバクしていて。
「そうね。暇だし、ご一緒しましょうか?」
けれども、そう答えてふわりと笑った桜さんを見れば。
そんな初な僕も悪くないか、なんて思っちゃうから不思議だよね。
「さすが、この時間はどのお店もいっぱいね」
「そう、ですね………」
金曜日の夜は遅くまで飲んで食べる。
そんなお約束により、どの居酒屋やレストランもいっぱいで。
さっきまで弾んでいた気持ちは、瞬く間に沈んでいく。
「残念だけれど、またの機会にしようか?」
そんなことを言われてしまえば、さっきまでのバクバクは違う意味を成していく。
「あの、ここでもいい、ですか……?」
せっかくのチャンスなんだ、何とかしたい。
そんな気持ちから指差したのは、少しさびれたラーメン屋で。
好きな女性にこんな店を勧めるなんてバカじゃないの?
そんなことを思ったところで、出した言葉は戻らない。
もう呆れられて相手にもしてくれないんだろうな。
こんなことになるなら、誘わなかったらよかった。
この外回りを押し付けた土方さんにも腹が立つ、明日は一段と遊んであげなきゃ。
「沖田君?入らないの?」
そんなことを考えて立ち止まっていた僕に聞こえてきた声。
はっと弾かれた様に見えば、のれんをくぐろうとしている桜さん。
それを見て慌てて後に続くと、威勢のいいおじさんにテーブル席を案内された。
「はい。お待ちど〜」
そんなありきたりな言葉と共に運ばれてきたのは、ふたつの味噌ラーメン。
オシャレやキレイなんて程遠いその光景に、溜め息をそっと吐く。
「あ、おいしそ〜。食べましょ!」
けれども、そんな僕とは正反対にいそいそと割り箸を割っている彼女。
そんな桜さんを見ていると、まだこのままでいいか、なんて思ったり。
少しずつ追い詰めて、捕まえてあげるよ?
そっと心の中で宣言をして、にこりと笑うと僕も割り箸に手を伸ばす。
目の前で髪をくくってラーメンを啜る桜さん。
そんな彼女がまた好きになった。
そんな少し肌寒い金曜日。
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