1.マニキュアで爪を綺麗にして (土方/現パロ)

見るのが嫌になるくらい、綺麗な青空。
ずっとずっと上の空は風が強いのか。
浮かぶ雲が、ふわふわ風船のように流れていく。

空は、好き。
大きくて高くて青いから。
まるで、私の悩みなんてちっぽけなことでしかないんだぞ、って言われている気がするから。
だから何かに悩んだ時は、よく屋上に来てこうして空を見上げるの。
もちろん、いつだったか悪友が貸してくれたスペアキーでカギをこっそり開けて。


誰も来ない屋上。
私がひとりで、私らしくいられる場所。
そんな開放感からか、薄手のセーターと紺色のハイソックスを脱ぎ捨てる。
白いブラウスとテェックのプリーツスカートだけでごろんと寝転ぶと、そっと目を閉じた。

左手のグラウンドには、部活に勤しむ生徒たち。
運動部の元気な掛け声に吹奏楽部の合奏の音が重なって、青春の音みたい。
そう言ったら人は笑うのかな。

なんて考えながら、心地よい陽だまりに誘われるまま沈み行く意識を手放した。





どれだけまどろんでいたのだろう。
さすがに肌寒くなってきて、桜はふと目を覚ます。
辺りは夕暮れで、グラウンドの奥にある海が太陽を飲み込んでいく。

「……やっと目覚めやがったか」

ふと聞こえてきた声に肩を跳ねさせる。
慌てて右を向くと、そこには教師にしておくには勿体無い美男がひとり。
タバコの煙を吐き出しながら立っていた。

「…………、ひ、土方先生!」

鬼センと揶揄され、怒れば誰よりも怖い土方先生。
しまったと思ったところで後の祭り、怒鳴られることを覚悟で小さくなる。

「まさかここに来る生徒がいたとはな。カギがかかって……あぁ、スペアキーか」

そんな私を裏切るかのように聞こえてきたのは、穏やかな声だった。
呆気にとられた今の私の顔はきっと見れたもんじゃない、と思う。


「高校生にも悩みのひとつやふたつ、あるもんか」

そう呟いた土方先生は、私がさっきから落ち着きなく弄んでいるスペアキーを眺め、ふっと口角を上げる。

「ここに来て気持ちが晴れるんなら、目を瞑っておいてやる」


………そうか、私は夢を見ているのか。
土方先生がこんな優しいことを言うなんて。
嫌だわ、先生を夢に見るほどミーハーじゃなかったつもりだったんだけどな。

と思いながら頬を軽くつねると、あれ?感覚はあるよ?


「おい、てめぇ。余計こと考えてんじゃねぇぞ」

いつもの不機嫌そうな声と眉間の皺で言われ。

「いえ、そんな土方先生が優しすぎて気持ち悪いとか、全く考えてないで……、あ」

あぁ、やっぱり夢じゃないわ。
それだけで人を殺せそうな鋭い視線を感じ、私の顔から血の気が引く。


「……はぁ。もう一度言うぞ、ここに来ることは目を瞑っておいてやる」

ただし、と私の足元を見ながら続ける。

「そのマニキュアは今日必ず落としてこい」

ピンクと白のマーブルの爪先を見て、やっとハイソックスを脱いでいたこと思い出す。
上手く出来たから落としたくなかったのに、何であの時ソックスを脱いだのよ!
と少し前の自分を恨み、肩を落とす。

そんな私を見ながら、クツクツと土方先生は意地悪に笑う。

「もし、落としてこなかったら。分かってるよな、桜?」

そう言ってひらりと階段を下りていった彼。
その背中を見ながら、私はしばらく動けなかった。




ねぇ、先生。
授業も受け持っていない私の名前を知ってたのは、どうして?
屋上にいても咎めなかったのは、どうして?
去り際のあの瞳に見えた熱さは、気のせい?



気のせいかもしれないけど、少しだけ。
少しだけ、夢を見てもいいですか?



桜の頬に、夕焼けとは違う紅が差した。



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