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葡萄さんに捧げます。

新婚設定。
お嫁さんを愛するが故に甘えたで尻に敷かれ気味な沖田さんがいます。
Sで意地悪な沖田さんは行方不明です。










〈お嫁さんの野望〉












「沖田総司さん、これは何でしょう」


居間のこたつで寛いでいた僕がはっとして振り返ると、茶色のエプロンとお揃いの三角巾をつけた僕のお嫁さんは、何処か固い笑顔でペールグリーンの封筒を手に仁王立ちしていた。


「えーっと」


「健康診断の結果通知です。判定Dの要再検査、紹介状付き」


適当に誤魔化そうと思ったけど、美佳ちゃんはもう内容まで把握済みだった。


「どうして隠す」


ああ、にこにこ笑っているけれど、言葉は不穏な気配をはらみつつある。


「誤解だよ、美佳ちゃん。見せようと思ってたけど忘れてただけ」


「はいそれ嘘。総ちゃん、あたしに見せたくないものは第二の魔窟に入れとくでしょ」


第二の魔窟。


それは、片付けが若干苦手な僕が寝室の片隅に作った(いつの間にか出来たとも言う)小さな物置スペースだ。


あまり見せたくないもの(悪戯用の蛇とかタランチュラのフィギュアとかもろもろ)が入っていて、ちょっと隠しておきたいものをついそこに突っ込んでしまう僕の癖はとうに美佳ちゃんに見抜かれていて、たまにガサ入れ(お掃除)を受ける。


ちなみに第一の魔窟はこたつ脇に置いてある籐のバスケットで、お菓子やコーラとかサイダーが入っている。


で、何時ものように押収物を突きつけられてしまった訳なんだけど。


僕のそばに座った美佳ちゃんは、紹介状を手にずずいと迫る。


「いつ行くの」


「どこに」


「病院。検査してもらわなきゃ。肝臓」


そう、肝臓なのだ。


僕は地味にショックを受けていた。


一君みたいにお酒がぶ飲みする訳じゃないのに。


土方さんみたいなチェーンスモーカーでもないのに。


身体もちゃんと鍛えてるのに。


元々病院嫌いなのもあるけれどそれ以上に何だか悔しくて、結果通知の封筒を魔窟の底に沈めたのだ。


だから、ちょっぴり傷ついた所を美佳ちゃんに突っつかれた気分になってしまって、いつもなら「美佳ちゃんが付いて来てくれるなら」とか甘えて言えるのに今日ばかりはそれが出来なかった。


「行かないよ」


「え?どうして」


「僕の他にもD判定で紹介状貰った人沢山居るよ。でも、皆病院行かないって言ってたし」


「よそはよそ、うちはうちでしょ?病院行かない理由にはならないよ」


「なにその子どもに言い聞かせるみたいに。大丈夫だよ。自分の体は自分が良く分かってるから」


きつい調子で言った訳でもないから、美佳ちゃんが俯いて肩を震わせているのを見て怒っているのかと思った。


だから、やがて来るであろうお説教に身構えたのだけれど。


「……う」


「……美佳ちゃん?」


ぎゅっとエプロンの裾を握る手に、透明な雫がぱたぱたと落ちる。


「ちょ、何で泣いてるの……いた!!」


驚いて顔を覗き込んだ僕に、あろうことか彼女はがつんと頭突きをかましてきた。


そして、額を押さえている僕の胸にぐりぐりと顔を押し付ける。


「総ちゃんのばかばかばかばかばかばかばかばか」


「え?え?なに?」


「あ、あたし、あれ見てっ…そ、総ちゃん…悪い病気なんじゃないかって…っ」


心配で心配で、昨夜はろくに眠れなかったと美佳ちゃんは嗚咽混じりに言った。


何か重大な病気だから見せられなくて魔窟に隠したのだと思ったと。


とうとう子どもみたいに「うわーん」と声を上げて号泣してしまったから、僕はもう白旗を掲げるしかない。


美佳ちゃんを膝の上に乗せて、子どもをあやすように背中を擦って宥める。


泣き濡れた頬を拭ってあげると、薄化粧で目の下のクマを隠しているのが分かった。


普段、寝つきのいい美佳ちゃんが一晩眠れなかったなんて。めったに泣かない美佳ちゃんがこんな泣き方するなんて。相当不安で怖かったのだろう。


「ごめんね、美佳ちゃん。僕が悪かった」


謝らせたい訳じゃないとかぶりを振る彼女を、僕はぎゅっと抱きしめた。




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