2.それでも動き出す
期末テストも済んで、終業式も終わって待ちに待った冬休み!
私は今日、クリスマス女子会に呼ばれています。フフ、楽しみ〜。
模造パールのついた白いシュシュで髪をまとめ、膝丈の白いニットワンピースに3cmヒールのベージュのパンプス。
キャメル色のコートには雪の結晶のペンダント。これは、大事なお母さんの形見。
携帯で時間を確認たらもう18時! 大変、始まっちゃってる!!
慌てて玄関に鍵を掛け、駅への道を足早に歩いた。
パンツなら一段飛ばしで駆け上がりたい階段も、今日の格好じゃ一段ずつ上がるしかなくて。
焦る気持ちで息を弾ませ後四段で改札のある階に着く、という時。
……パンプスのヒールが階段から外れて、体が大きく後ろに傾いた。
う、嘘! やだ、落ちる!!
きっとひどい事になる。そんな予感にギュッと目を瞑り、次にくるはずの痛みに向けて息を詰めた。
手紙なんて読んで迷ってたから。
あ〜あ、きっともう、急行には乗れない。
そんな事が一瞬で頭に過ぎり、体を丸めようとした私の両脇に、見知らぬ人の腕が後ろから滑り込んできた。
大きな衝撃の代わりに、上質なウールの肌触りとおなか周りを抱き締める逞しい腕。
そして……どこか懐かしい香り。
数段上に足を置いたままの私を、受け止めてくれた人がいた。
「す、すみません!!」
「いや、大丈夫か?」
私を抱えたその人を見上げると、少し戸惑った様子で覗き込む蒼い瞳にぶつかる。
……綺麗な男の人。
っは! 何考えてるんだろう、早くどかなきゃ!
急いで体を起こし階段に立つと、ちゃんとお礼を言おうと振り向いた。
でも彼は、更に何段か下に降りて、散らばる荷物を拾っている。
嘘、自分の荷物を投げ出して、受け止めてくれたの!?
自分のしでかした失敗で階段に転々と散らばる彼の荷物を見て、私も慌てて駆け下りた。
「本当にごめんなさい、手伝います!」
「時間はいいのか? 急いでただろう」
「大丈夫です、本当にすみません」
嘘です。でも、もう既に遅刻してるんだし、まさかこのままでじゃあさようなら、は言えないよ。
カバンから投げ出されたんだろう、いくつかのリングノートと教科書を拾うと、ノートの左端に「斎藤一」とあった。
斎藤さん、か。大学生かな?
顔を上げると、階段の一番下まで転がっていった長い包みを肩にかけた彼と、目が合った。
トクン と心臓が跳ねる。
ただ視線が合った、それだけなのに、少し体温が上がった気がする。
落ち着かない気持ちは、こんな目に遭わせたから?
格好いい人に助けられて、何か期待してるから?
馬鹿だなぁ、きっと内心は本当に迷惑だと思ってるに違いないのに。
集めたノートやテキストを抱え、彼の元に降りて行った。
「本当に申し訳ありませんでしたっ! 失くした物とか、壊れた物とか、ありませんでしたか?」
「いや……大丈夫だ」
少し言いよどんだ斎藤さんの目線は、私の足に降りていて。
釣られてそこを見ると、レース柄のストッキングが大きく伝線していた。
…………帰ろっかな。
カバンにつけたアルファベットのチャームがひっかかったに違いない。
どんなに可愛くしてても、これじゃあ電車にも乗れないよ。
小さく溜息をついた私の頭の上で、低い声が優しく宥めるように囁いた。
「とにかく、怪我がなくてよかった。すまんがその……もう一歩どいてくれると助かる」
「え?」
慌ててもう一度足元を見ると、薄いノートを……私が踏ん付けていました。
彼が見ていたのは、パンストの伝線じゃなく、こっちだったようです。
私……立ち直れるかな?
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