4.一歩ずつ進もう
八時過ぎにまだ盛り上がる皆と別れて近藤さんの家を出た私達は、そのまま私の部屋へと向かった。
はじめさんの家族の事を思うと、イブに泊めるのって……どんな子だろうって思われないかな、と少し不安。
彼は会わせたいと前に一度言ってくれたけど、緊張し過ぎて無理だからまた今度と断ってしまった。
もう少し先。もう少し自分が将来どうしたいかはっきり分かって、どんな質問にも臆さず答えられるようになったら……会いに行きたいな。
受験した学科は、卒業後に一人で自立して生きていく事を最優先にして食べていけそうな職業から選んで決めた。
それはとても現実的で、一つの正解でもあるけれど、夢を持って憧れから選んだわけじゃないから時々適性があるか不安になる。
はじめさんは向いていると言ってくれていて、信頼している人が自分を見てそう思ってくれるなら自分自身が思うよりは向いているんだろうと、小刻みに揺れる心の支えにしていた。
……勉強の合間に彼と会う今ですら手一杯なのに、バイトまで両立できるかな。
近藤さんが優しくて本当にお父さんみたいで嬉しくて、二つ返事で引き受けた事を反芻して考えていると、隣に並んで歩いていた彼が髪をふわりと大きな手の平で優しく撫でてくれた。
「無理のない範囲でやればいい。総司も俺も卒業に必要な単位数はもう取ってある。
時間に余裕のある今は千恵のサポートをしてやれる。近藤さんは人手が欲しいというより、
千恵が目の届く所にいれば見守りやすいと考えて、話を振ってくれたんだろう。
バイトがきついようなら断ってもいい。たまに顔を出して元気そうな様子を見せてやってくれ」
「始める前からそんな……来年の春がきても礼さんはいますもんね。うん、頑張ってみます」
自分に言い聞かせるように頷く。
春になったら彼は遠くへ行ってしまう。彼ばかりに頼る生活を今から少しずつ変えていくのは、良い事かもしれない。
マンションの郵便受けから取り出した不要なダイレクトメールをゴミ箱に捨て、階段を登って部屋の前に着いた。
鍵を開けて先に入ると、続いて入った靴も脱がないうちに後ろから抱き締めてきた。
「千恵……三時間は通勤には厳しいが、お前に会う為なら毎週でも帰って来られる距離だ。
電話もある。メールもする。だから……そんな不安そうな顔をするな」
「はじめさん……」
頭だけ振り向いた私の唇に、小さなキスが落ちてくる。不安そう、だったかな。
「会いに来る」
「ん、会いに来て、欲しい……です」
抱き締める腕に力が篭る。再びキスが始まる。
彼の引越しまであと三ヶ月半。今はまだここにいる。私のそばに。
社会人になった彼の週末が毎週空いているかどうか分からないなら。先の心配はその時にすればいい。
今はただ、この腕の中で。
クリスマスの夜を幸せに過ごそう。
唇を押し付けて離さない彼に応え、体から熱が湧いてくる。
首元で去年もらったネックレスのチャームが、さらりと鎖骨の上を滑った。
fin.
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