3.二人一緒に
部屋で会った二週間後。俺は千恵を連れて近藤さんの家で開かれるクリスマスパーティーに向かった。
総司が彼女を連れて来ると聞き、同性で同世代の人間がいるなら少しは気が楽だろうと思ったのだ。
総司も近藤さんのスポーツ店でバイトしており、同じくバイト仲間の礼と去年から付き合っている。千恵と礼は一歳違いだ。
が、やっぱり来なければよかったかと今は後悔している。なぜなら――
「今日ぐらいいいじゃねぇか、3%だからジュースみたいなもんだ」
「左之! 千恵に酒を勧めるな、未成年だ」
「なぁなぁ、斎藤って女と二人っきりの時でもあんな感じなのか?」
「新八、余計な事を聞くな。千恵が困っているだろ」
「はじめくんってさ、全然千恵の事教えてくんねぇんだぜ。言えない関係なんじゃないかって噂してたとこなんだ」
……平助、もう呼び捨てか。そして言えない関係とはなんだ!
盛り上げよう、知らない人ばかりの千恵を溶け込ませてやろう、という意図なのは分かっていても気が気でない。
悪い虫を払う父親のような気分といえばちょっと過保護に聞こえるがまさしくそんな気分で、会話が気になって仕方がない。
誰かが何か千恵に尋ねるたびに割り込んで口を差し挟もうとしてしまう。
そんな俺を見かねたのか、上座に居た近藤さんが手招きした。
グラスを持ってそばに行くと、千恵との距離が2メートルほど離れた。
「斎藤君、彼女はご両親がいないと聞いているが本当かね」
「はい、他界して二年半になります」
「そうか……若いのに頑張っているんだなぁ」
目を細めてうんうんと頷き、何事か考えているらしく少し間が空く。
俺にとって近藤さんはもう一人の父親のような存在で、彼女の事を認めてもらいたい俺はその真面目な性格や優しさや暮らしぶりを少しずつ話した。
「なぁ斎藤君、きみはもうすぐ卒論に取り掛かるだろう。総司もだ。となるとバイトのシフトを埋める為に一人募集をかける事になる。
どうだろう、月宮君にうちの店で働いて貰えると助かるんだが」
「はぁ……はい、今聞いてきましょうか?」
「いや、待ってくれ。俺が話そう。君も一緒にいるといい」
近藤さんは千恵を呼び、他の者達が飲んで盛り上がっているのを余所に部屋の隅でバイトの件を切り出した。
「はい、大丈夫です。すぐ入った方がいいですか?」
「そうだな、俺がいる時なら仕事を教えられる。礼に聞いてもいい。総司は……面白がって嘘を教える可能性がある、聞き流せ」
「クスクス、分かりました! 近藤さんありがとうございます、バイト初めてなので自信はないんですが……頑張ります!」
快諾した彼女の肩を近藤さんがポンポンと叩き、その顔を覗き込むようにして目を見て言った次の言葉に、俺も彼女も驚いた。
「いや、前から考えていた事なんだがね。斎藤君は卒業したら引っ越すと聞いた時からそうしようと思っていたんだ。
君にはご両親がいない。それでも充分よくやっていると彼から聞いているが、やはり誰か見守る人間が必要なんじゃないだろうか。
ハハハ、余計なお節介かもしれないが、どうだろう。店長兼相談役、君のお亡くなりになったお父さんの代わりだと思ってくれないか?」
「近藤さん……」
千恵の目が大きく見開き、息を詰めた肩が上がる。ややあって息を吐いた彼女は、大きく頷いたまま顔を伏せた。
ポタリと一粒、涙が落ちて畳の上で丸く滲んだ。
「ありがとう、ござい……ます。嬉しいっ」
横から近藤さんの奥さんが、ちょっとあなた何女の子を泣かせてるの! と寄って来て、いやこれはその……とまごつく様子に、飲んでいた連中もこちらを注視する。
照れくさそうに涙を拭って顔を上げた千恵は、鼻を啜ってはにかんだ顔でニコリと笑った。
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
大きな口を目一杯横に開いて同じように笑顔になった近藤さんが、またうんうんと頷いた。
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