1.彼女は
「斎藤君、今年はどうする」
ひと月ほど前、バイト先の店長である近藤さんにそう尋ねられ、頭に年下の彼女の顔を思い浮かべながら聞いてみますと返事した。
近藤さんが半ばボランティアのような形で運営している剣術道場の仲間との、うるさくも賑やかなクリスマス会。
去年は千恵が受験勉強をしている最中に自分だけ浮かれるのはどうなんだ、という所に気持ちが引っ掛かり、顔を出さなかった。
連れて来いと言っている連中の、からかおうと手ぐすね引いて待っている様子がありありと浮かぶから、というのもあるが。
女子高から女子大へと進んだ千恵が俺以外の男と話す機会は日常ほぼ無いも同然で、野郎ばかりが集う所へ連れていけば萎縮するのではないか、とも思う。
……詭弁だな。
仲間の彼女にちょっかいをかけるような連中ではないと分かっていてそれでも、なんとなく会わせたくないというぼんやりと底に眠る危機感のせいだ。
あと、恋人と二人きりで過ごしたいという本音も男としてしっかり持っている。
来春になれば内定している会社への通勤の便から地元を離れる為、今は空いている時間少しでも長く彼女と一緒に居たい。
インターホンを押す。
パタパタとスリッパの足音が近づく。
ガチャリと鍵とロックが外されて開いたドアから覗く嬉しそうな顔。
自宅とは違う彼女の部屋の、本人は気付いていないほのかだが優しく甘い香りは、千恵と初めて結ばれた日にああこれだったのかと腑に落ちたもので、部屋を訪れるたびに安堵する好きな匂いだ。
思い出すだけで口元の綻ぶワンシーンを今から味わえると思えば、足も急いだ。
頻繁に男性が来ているという噂が近隣に広がって彼女に迷惑がかからぬよう、部屋で会うのは三回に一回。
自分で決めた制限に自分がジレンマを抱くこともあるが、その分楽しみも増す。
駅から歩いて10分の三階建てのマンションに到着すると、チラリとベランダを見上げてカーテンが開いているのを確認した。
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