5.手を伸ばす

滑らかな髪から手を離すと、急に12月の寒さが体に沁みた。

もう一度触れたら、また魔法がかかったように温かくなるんだろうか?

出来るはずもない事が脳裏をかすめ、諦めたように手を下ろした。


「あの、もう行って下さい。引き止めてしまってすみませんでした」

ペコリを頭を下げた彼女は、言葉と裏腹にどことなく寂しそうで。

俺を待つまでもなく始まっているだろう宴会と面子を思い浮かべ、肩をすくめた。

「急ぐこともないんだが……そうだな。俺も君を引き止めてしまっているか、悪かった。

 それじゃあ、気をつけて。また……いや、何でもない。怪我がなくて何よりだ」

また今度。言いかけた言葉を押し込めて、やっと別れを告げたのに。

彼女をここに置き去りにするのは、可哀相だ、と心のどこかで呟く声がする。

もう一度会いたい、また会えるだろうか?

同じ駅で出会ったなら、可能性はなくもない。

そんな事をチラッと思いながら彼女に背を向けた時……コートの袖が微かに引っ張られた。

振り返ると、真っ赤な顔で袖を摘む彼女が、困ったような顔で俯いている。


「どうした?」

「あっ、あのっ…………」


いっぱいいっぱいの勇気は伸ばした指先に使い果たし、言葉が上手く出てこない。

どうしよう!? なんで引きとめちゃったんだろう。

斎藤さんには予定があって、なのに私を助けて遅刻しちゃってて……。

ノートも踏ん付けちゃったし、パンストは伝線するし、ひどい出会い方なのに。

大丈夫、そう言って撫でてくれた手があまりに優しくて、小さく笑った顔が……格好よくて。


一目ぼれした、なんて言ったら驚きますか?

また会いたいって思ったら、迷惑ですか?


伝えたい想いが心から飛び出して、口元で待っているけれど。

そんな事を言える度胸なんてない私は、顔が熱くなるのを感じながら、彼の袖を摘んで言葉を詰まらせた。



「月宮さん、俺はあの交差点を右に曲がった所にある、スポーツ用品店でバイトしている。

 その……よかったら……今度顔を見せてくれないか? いや、気が向いたらでいいんだ。

 俺は……もう一度、会いたい。もし嫌じゃなければ、また……会って欲しい」

こんな台詞は、一生言わないだろうと思ったのに。コートの袖を摘む彼女の指が、勇気をくれた。

驚いたように見上げた顔には、さっきまでと打って変わってどこか華やかで弾んでいる。

「嫌か?」

彼女の答えに予感と確信をもって尋ねる俺は、意地が悪いだろうか?

淡くグロスで光る小さな唇が動くのを、ジッと待つ。



「私もまた……会いたい、です」



その言葉が聞けた瞬間、ふと過ぎった考えを行動に移す為、携帯を取り出した。

コール数回で、電話が繋がる。

「総司、俺だ。すまないが別の予定が入った。……分かった、今度奢る。悪いな、またゆっくり話そう」

携帯をしまうと、戸惑う瞳にクスリと微苦笑が漏れる。

こんな衝動的な俺を見たら、皆驚くだろうな。

もう駅には向かわないだろう彼女に、どう説明しよう? 俺ももう、電車には乗らない。



「また会う前に……もう少し時間が欲しい。今から一緒に食事に行かないか?」

「えっ! いいんですか?」

「ああ、もう少し話がしたい。君の事が……知りたい」

きっと何か魔法でも掛けられたんだろう。そうでなければ説明がつかない。

自分の言葉に自分で驚きながら、それでも何かに動かされて彼女を誘った。

少し揺れていた瞳が軽く瞬いた後、フワリと微笑んだ表情が可愛らしくて。

トクトクと急ぎだした鼓動を意識しながら、駅とは反対側に向かって歩き出した。

斜め後ろで彼女が電話を掛けている。

ごめんね、初詣でで会おうね。

携帯をかばんにしまった彼女が俺の横に並ぶ。見下ろすと、嬉しそうな瞳に確信する。



今日、俺たちはきっと、出会う運命だったんだ。





――もう一つの運命が、今動き出した。







fin.
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