3.心の歯車に
大学の講義が午前中で終わり、一人暮らしの部屋からバイト先に向かうと、臨時休業の貼り紙。
携帯を開けると、着信履歴と留守録のアイコンが点滅している。
再生してみると、総司が突然帰国したので今日は休みにする、君もうちに来たまえ、という伝言が入っていた。
あいつも相変わらずだな。留学したという事後報告があったかと思えば……。
俺は軽く苦笑しながら、きっと奥さんにご馳走を作らせて歓待しているだろう近藤さんを思い浮かべ、駅へと急いだ。
同じく駅へと急ぐ女性が、目の前で階段を踏み外した時。
何の躊躇いもなく荷物を投げ出して受け止めた自分に、驚いた。
ドンとぶつかった衝撃は勿論軽いものではなかったが、予想したよりも優しく、彼女はフワリと腕に飛び込んで来た。
一瞬、抱き締めるような格好になった事が恥ずかしく、耳の端が熱くなる。
自分にない柔らかさ、華奢な肩、甘い香り。……どこか懐かしい香り。
振り返ったその顔が、想像以上に若く綺麗で、腕を外す時少し残念な気がした。
馬鹿だな、初対面でしかも多分高校生だろう。こんな子に……ドラマみたいな展開を期待するなど。
ありえないな、そう自嘲して様子を伺うと、申し訳なさそうに謝罪される。
急いでいたように見えたのに、律儀な性質なのだろう。
散らばる荷物を一緒に拾い始めてくれた彼女を見て、秘かに嬉しくなった。
竹刀の入った袋を担ぐと、降りてくる彼女と視線が絡まる。
まるで恋人が自分の元に来るかのような、不思議な感覚に囚われる。
一体俺は……どうなってるんだ。
今日の自分がおかしいのか、彼女がそうさせるのか。
小さく弾む心音に動揺しながら、何度目かの謝罪を口にした彼女の足元を見た。
謝りながらノートを踏むのが面白い。だが、どう言えば……。
言いよどみながらも一歩どいてくれるよう頼むと、ほんのり赤かった頬がさらに赤らむ。
小さな顔を俯かせたままの彼女に、大丈夫だ、と言って頭をちょっと撫でてやりたくなる。
指先が動きそうになるのを抑えながら、目の前の艶やかな黒髪をジッと見つめた。
こんな事もこんな気持ちも初めてだった。
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