74 島原

長州再征に向けて各藩が兵糧米を備蓄し、更に瀬戸内の海上封鎖もあって、お米がとんでもない値段になっている。

家計を預かる主婦達の怒りは最高潮に達し、五月に入ると西宮を皮切りに兵庫、大坂で打ちこわしや一揆が多発。

京でも押し込みや喧嘩が増え、治安の維持に努める新選組は、その取締りに連日忙しく走り回っていた。

巡察がそのまま捕縛や追討に変わる事も珍しくなく……千鶴はそんな事情を汲んで同行を遠慮する事が多くなった。



「んじゃ、今日は俺が代わりに聞いて回ってやっからよ。千鶴ちゃんは美味い飯作って待っててくれな」

二カッと笑って出発した永倉らを見送り、裏庭の方に回った千鶴は、はぁっと溜息をついて長椅子に腰掛けた。

父が失踪してもう二年半以上。江戸の自宅にも診療所にも戻った形跡はなかったと聞いたが、あれから更に一年経つ。


どこに居てもいい、一緒に帰れなくてもいい。せめて……生存の手掛かりぐらいは欲しい。


そう思うのも無理はない位の年月が流れていた。皆が励ましてくれているのに落ち込んでいられないが、つい気が塞ぐ。

そんな千鶴の所に、千恵が紙をヒラヒラさせながら、砂利を蹴って勢い良く駆け寄ってきた。

「千鶴ちゃん!! 目撃情報があったって!! 綱道さんか分からないけど、島原でそれらしい人を見かけたって!!」

「千恵ちゃん、それ、本当!?」

「うん、お千からの文! 見たのはお菊さんの知り合いの芸妓さんでね――」

文を覗き込み、初老で剃髪の蘭方医が酒宴に同席している姿が二度見られた、という所を何度も読み返した。

島原に……もし本当に、この京に父様がいるんだとしたら……。千鶴は文を持つ手にグッと力を込めた。

「千恵ちゃん、私、自分で探したい。父様を見つけるなら……私が一番に見つけたい!」

「うん、それでこそ千鶴ちゃんだよ! なら、土方さんに相談しなきゃ。お千にも協力を頼みましょう!」

千恵と千鶴は、その勢いのまま副長室に向かった。機会を失えば、会えなくなるかも知れないと、気が焦った。



「「土方さん、島原に偵察に行かせて下さい!」」

飛び込んで来た二人の第一声に、土方は筆を落としそうになった。島原ぁ??? こいつらが??

振り返った副長は、頬を紅潮させ目をキラキラ輝かせて自分を見る女達に、嫌な予感がした。

偵察って事はまさか……客としてじゃなく……?? ハァ、勘弁してくれ、誰かこいつらに説明してやってくれ。

表向きは芸を売る場所飲む場所だが、色町としても機能しているんだぞ? 本当に分かってるのか? とは聞きにくく。

もう見るからに自分達で乗り込む気満々の二人を眺め、少し頭痛がした土方だった。

が、千恵に届いた文を一読したら、考えが変わった。目撃者がお千の侍従の知り合いなら、信憑性は格段に上がる。

新選組の御用改めもままならない島原。口の堅い芸妓達。そこから届いた情報なら話は違う。

無邪気に期待の目を向ける二人に困りながらも、この機会は逃したくない、というのが本音だった。

さて……どうしたもんか。山崎はいまだに広島で情報収集中だし、他に女に化けられる隊士はいない。

目の前には、化けて潜入させれば客が大喜びしそうな娘が二人いるが……一人は人妻、一人はおぼこだ。

取り合えず……保護者会でも開くか。土方は仕方なく、夕餉の前に幹部を招集して会議を開く事にした。



「反対反対! 絶対に反対! 危ねぇって、どんな目に遭うか分かんねぇじゃんっ!」

「なら平助が女装する? 千鶴ちゃんがこの機会を逃して一生綱道さんと会えなくなったら、謝って済む問題じゃないよ?」

「総司の言う通り、機会は逃したくねぇな。土方さん、見張りは当然付けるんだろ? なら大丈夫だろ」

「おっ、島原で見張りたぁいいじゃねえか! 千鶴ちゃん、協力してやっから安心しな!」

「新八、酒が入れば警護に支障をきたす。当然用心棒に扮し陰からの護衛になると、分かってるな?」

「お、おう、任せとけ!」

いや、完全に客として行って、警護しながら組の奢りでただ酒を飲むつもりでいたのだが。

俺は屯所待機でも引き受けっかな。そう思ったのは内緒だ。

「斎藤君、いいのかい? 月宮君をお客の前に出すなんて、君にとっては不快だろうに」

当たり前だ、他の男には指一本触れさせたくないに決まっている。だが残念ながら、斎藤には冷静な判断力があった。

そして、個人の意見を通す訳にいかない立場にいて、目の前には父の安否を気遣う千鶴がいる。

一度座敷に上がれば、そこに護衛の自分達は入れない。一人より二人の方が確実に安全性が上がる。

はぁ、物分りがいいのもたまには考え物だな。平助の素直な反応が羨ましい。そう思いつつ、陰から見守ろうと決めた。

「はい、ですから副長、護衛には俺を加えて下さい。偵察の邪魔になるような行動は……極力控えます」

邪魔しない、と断言しない辺りに本音が混じったが。少なくとも他人任せにするよりは安心だ。

「ま、斎藤なら冷静な判断で動くだろ。普段島原に通い詰めてる連中よりか、面も割れてねぇ。用心棒で入れ。

 平助は護衛兼伝令だ。原田と沖田は外で女の出迎えを待つ振りでもして、連絡が入れば応援に飛び込め。

 永倉と源さんと俺は屯所待機だが、連絡が入れば動けるようにしとくから、ついでに浪士共もとっ捕まえろ。

長州の奴らが島原に潜伏してるって情報が上がってきてるからな。鋼道さんだけじゃなく、そっちも見張れ。

月宮、お千に連絡取って日取りと段取りを打ち合わせたいと伝えろ。なるべく早く頼む。

見てみろ、雪村が一人で乗り込んじまいそうな顔してやがる。ククッ、安心しろ。守ってやるからしっかり探せ」

千鶴はからかいに顔を赤らめながらも、皆の協力が嬉しかった。私の為に皆が動いてくれる……。

「あの、皆さん有難うございます。頑張りますんで、協力宜しくお願いします! 千恵ちゃん、引っ張り込んでごめんね?」

「ううん、大丈夫。お菊さんは名の売れた太夫さんの一人だから、融通もきくし話も通しやすいと思うの。

 お願いすれば悪いようにはならないんじゃないかな? 一緒に頑張ろうね!」

保護者(?)の同意も得られ、二人の島原潜入が決まった。

千恵はお千に急ぎの文を出し、ドキドキしながら返事を待った。





二日後。君菊(お菊の源氏名)に付いた見習いとして店に入った二人を、座敷でお千が出迎えた。

「ごめんなさいね、千鶴ちゃん。私も菊も、鋼道さんの顔を知らないから、確認のしようがなくって。

 支度が済んだら、座敷から声が掛かるまでゆっくりしてて。一応、泊まる場合も考えて奥に部屋を用意したから。

 それじゃあ斎藤さん、藤堂さん、宜しくお願いしますね。千恵と千鶴ちゃんには、話したい事があるんだけど……。

 時間がとれた時にでも、お茶を飲みながら女の子同士でゆっくり話たいかな。フフフ、楽しみにしてる。またね!」

千姫は名残惜しげに、でも嬉しそうな顔をして、去って行った。

「お菊さん、お千の話って何でしょう? 嬉しそうだったから、いい話なのかな?」

「ええ。姫様自身の口から伝えたいようですから、私には言えませんが。……いいお話ですよ?」

そう言って微笑む君菊は満足そうに頷いた。話がまとまれば、鬼にとっては久々の明るい話題になるだろう。

幸せを祈る侍従として、荒れる時勢が早く治まるよう、心の底から願っていた。

「平助、部屋を出るぞ。千恵、着替えたら声を掛けてくれ。俺は部屋の外で、平助は階段下で待機している。」

「ああ、絶対聞き逃さねぇから、何かあったら大声出せよ! 千鶴、酒はやめとけな」

二人が居てくれるのはとても心強い。千恵達は渡された着物の重さと量に目を白黒させながら、着替えに取り掛かった。





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