03 元日

最初の二週間は、井戸と厠と部屋だけが二人の世界だった。毎日一緒に同じ部屋で過ごし、すぐに打ち解けた。

監視の人と少し話をする事もあったが、女二人で話してる方が気が楽だった。話していれば、不安も和らぐ。

でも、千恵は触れられない話題がある事にすぐ気付いた。千鶴がなぜここから出られないか? そこはタブーだった。

そして自身にも、切り出したいのに切り出せない話題があった。初めて会った時からの疑問。

千鶴ちゃんって、同胞だよね?

常に監視の目が光っていたし、聞こえていい話ではないから口には出せないけど……気になった。

彼女からは強い力を感じるし、私も発しているはずなのに、目配せもそんな素振りも全く見せなかった。

隠すのに慣れてしまって、言い出せないのかな? 不思議だったが、いずれ話せる機会もあるだろうと、保留した。

そして元日。初詣のお誘いは……残念ながらなかった。せめて元日ぐらいは出られるだろうと期待していただけに、

二人ともがっかりだった。特に千恵はここに来て一度も町を見ていないので、本当に残念だった。



お昼過ぎ。襖の向こうから人の気配がなくなっている事に気付いた私は、行動を起こす事にした。

「ねぇ、千鶴ちゃん。土方さん留守だし、屯所を探検してみない? お正月で隊士さんもあまりいないし」

「大丈夫かな? 出た途端斬られたりしないかな?」

「元日にそんな事しないよ、きっと。心配なら私だけ行って来るね」

千鶴ちゃんは尻込みしたので、一人で玄関の方に向かう。そこには永倉さんと原田さんがいた。

「お二人は今からお出かけですか? いいな〜、私も連れて行って下さいよ」

「おいおい、部屋から出て……まあいいか、正月だしな。でも屯所の外は勘弁な。土方さんの許可が要るんだ。

 どっか行きたいとこでもあんのか? 行けるとこなら許可さえ取れれば、連れてってやってもいいぞ?」

「やった! 原田さんは優しいな。えっとね、歌舞伎、文楽、あとは落語がいいな! それに本も欲しいの。

 面白そうな本を持ってないか、誰かに聞いて貰えませんか? 部屋にいると退屈なんです」

「へぇ、漢字読めんのか?」

「ええ。漢和辞典も持って来てますし。分からないのはそれで調べます。字も練習してるんですよ?」

「すげぇな、千恵ちゃん勉強家じゃねぇか! 本か、本は……持ってねぇな」

「クックック、新八のは全部春本だもんな。ありゃ貸せねぇよな」

「左之っ! お前それを千恵ちゃんに言うかよっ! ああ、忘れろ? 忘れてくれ、なっ」

「永倉さん……助平なんですね」

「何っ!? いや、その、これには深〜〜〜い訳があってだな? 大人の事情っつーか、男の浪漫っつーかよ」

「やめとけ、新八。言えば言うほど墓穴掘ってんぞ、ハハハ。ま、男所帯だ、許してやってくれ」

「いいですよ、別に私の彼氏でもなんでもないし。彼氏だったら気になるけど」

「彼氏? 恋仲の事か? そういやお前、あっちにはいい奴いなかったのか?」

「ん〜〜〜手紙、あの、文なら貰ったことがあります。お断りしましたけど。だって話した事もない人だったし」

「気の毒な野郎だな、今頃泣いてんぞ。そういや千恵は今年で十八か。縁談もあったんじゃねぇか?」

「そんな! あっちじゃ結婚はもっと遅いし、私なんてまだまだですよ。逆に二人とも結婚はしないんですか?」

「千恵ちゃん! そこには触れてくれるな、言ってくれるな! さてと左之、まずは出会いだ、そろそろ行こうぜ!」

「クック、わりぃな、今から島原に飲みに行くんだ。寒いだろ? 千恵は部屋に戻っとけ。土産買ってきてやるから」

「……分かりました。じゃあ、甘いものがいいです。待ってますね、いってらっしゃい」

「「おう、行ってくるな!」」

去って行く二人を見て溜息をついた。空振りか、残念。でもお菓子が手に入るなら収穫はゼロじゃないから、

やっぱり出て来て正解だったかな。そう自分で慰めて、部屋に戻って行った。



正月も部屋に篭りっぱなしってのは、キツイよな。脱走どころか素直で擦れてないし、いじけもしねぇ。

千恵は話してみると、学があるのに気取ってなくて、明るくていい娘だった。物怖じしないのも小気味いい。

おまけにかなりの器量よしだ。あれで振袖でも着て化粧すりゃ、天神にも劣らねぇだろうな。

あんな娘に袴着せて部屋に押し込めとくなんて、やっぱちょっと可哀想だろ。千鶴と違ってあいつはアレを見てないし。

左之助は、待ってますね行ってらっしゃい、という言葉が妙に嬉しかった。だから余計気が咎めた。

「おい、新八。悪いが島原には一人で行ってくれ。俺はちょっと止めとくわ。買いたいもんがあるんだ」

「ええっ!? お前が来なきゃ姐ちゃんが寄って来ねぇじゃねぇか! ……ま、いいか。千恵ちゃんだろ?」

「ああ、健気に大人しくしてると思ったら、ちょっと飲む気が失せてな。わりぃ、また今度な」

左之助は、買い求めた菓子を懐にしまうと、真っ直ぐ屯所に戻った。監禁への罪悪感が、ちょっと軽くなった気がした。

これなら喜ぶだろ。行きより足取りの軽い帰り道、懐も軽くなったが、左之助は上機嫌だった。



そう待たずに戻ってきた左之助が菓子とお茶を持って部屋に来た。

千恵と千鶴は、高価な金平糖に目を輝かせて喜んだ。二人で一粒ずつ摘んで、礼を言う。

「「ありがとうございます、いただきます!」」

久しぶりに甘みが口に広がり、幸せな気分になる。千恵はえくぼが出来るほどの笑顔で、溶ける砂糖を味わった。

「ん〜〜甘くって幸せ〜〜〜! 本当にありがとうございます。島原に行かなくてよかったんですか?」

「ああ、酒なら屯所でも飲めるしな。美味いか? そんなに喜んでくれて、買ってきた甲斐があったな」

酒も色気もないが、二人の娘が花咲くように笑いあう姿を眺めるのは楽しかった。

「いつか綺麗な着物でも着て、酌してくれたら嬉しいんだがな」

「いいですよ。持って来た振袖、作っただけでまだ一度も袖を通していないんです。私も着たいです」

「へぇ、誂えたばっかりか、そりゃ勿体無いな。土方さんが戻ったら掛け合ってみるか、今から楽しみだ」

「千恵ちゃんの振袖、京友禅だよね? すごく綺麗な柄だった。私も早く見たいな」

「うん、千鶴ちゃんにも貸すから着てね? 絶対似合うと思う! みんなびっくりして見とれちゃうよ」

「やだ、お世辞が上手なんだから。でも、江戸からずっと袴だから女物は着たいな。

 あっ、原田さん、今のは内緒にして下さいね? 事情は分かってますし、居させて貰ってるのにすみません」

「いや、別に構わねぇよ。年頃の二人に男装なんかさせて、こっちこそすまないな。

 じゃあ、湯飲みは後で片付けとくから、飲んだら廊下に出しといてくれ。邪魔したな」

「「ご馳走様でした!」」

小さく手を振る二人に手を振り返し、自室に戻った左之助は、高い酒を飲むよりもいい気分で寝転がった。

今はまだ厄介者扱いの二人だが、そう遠くない将来、皆の気持ちも変わる気がした。





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