58 報告

さて、広間に取り残された人々はというと……。

困惑しているのは近藤、永倉、平助、千鶴だった。まぁ無理もない。話が大きすぎるのだ。

なんせ、二人の恋愛の成就には、150年もの歳月がかかっているのだから。

「クスクス、千鶴ちゃん面白い顔してるね。簡単に言うと、千恵ちゃんが子を産まないと、千恵ちゃんが生まれないんだ。

 千恵ちゃんの子供、孫、ひ孫、玄孫……そのずっと先まで代が続いて、また千恵ちゃんが生まれる。

 そしてまた屯所に落っこちて、はじめ君に出会うんだ。鶏が先か卵が先か……不思議な話だよね」

「あっ! やっと分かりました! じゃあ……千恵ちゃんと斎藤さん、結婚するんですか?

 わぁっ、凄いですね! 嬉しいな、本当に仲いいもの。えっとじゃあ……屯所を出ちゃうんですか?」

ようやく事を理解した千鶴は、本当に心底嬉しかったが、千恵がここから居なくなる、というのは不安だった。

その曇った顔に太陽が照らすように、近藤が破顔一笑して、不安を拭い去った。

「不思議な縁で結ばれているのは二人だけじゃない。月宮君と雪村君が出会ったのも、我らと共に暮らす事もまた、

 その縁に含まれているんだろう。まぁ最初っから、早く斎藤君がその気になるよう、あの部屋に放り込んだんだ。

 このままでよかろう。いや、めでたい! 俺の采配も捨てたもんじゃなかっただろう、なぁトシ?」

「ま、そうなる運命だったってんなら、受け入れてやるか。月宮は今後も、あの部屋の住人だ。

 仕方ねぇ、皆これから夜は耳に綿詰めて寝るんだな。特に新八、平助、おかしな態度取るんじゃねぇぞ!」

「マジでここで暮らすのかよ!? って事は、小姓辞めんのか? だって一応男って事で採用してんだろ? 変じゃん」

「いや、辞めさせねぇ方がいいんじゃねぇか? 二人で稼ぐ方が金も貯まるだろ。千恵ちゃんも続けてぇだろうし」

「藤堂君の言う通り表向きは男性ですが、もう誰もそうは思っていないでしょう? 千姫さん、名を残すべきは彼女の方です。

 斎藤君を婿入りさせて、通り名は今までの斎藤姓でいく、というのでどうでしょう? 月宮君も月宮君のままで。

 つまり、戸籍上は夫婦ですが、表向きは今まで通り、という事にすれば、小姓の件も問題ないはずです。

 今でも同居しているんですから、傍目には変わりありませんしね。子供を授かったら、その時引っ越せばいいでしょう」

千姫は目をパチクリさせて、この状況と会話に驚いていた。……本当に全然気にしてないのね。

鬼と言うだけでも信じがたいはずなのに、150年後から来た事も、繰り返される運命も、あっさり受け止めている。

いいなぁ、私もこんな所で暮らしたい。お屋敷は年寄りの堅物ばっかりでうんざり! 引っ越して来ちゃ駄目かしら?

侍従の菊が聞いたらこめかみをヒクヒクさせそうな事を考えながらも、千姫は山南に同意した。

「ならその方向で進めますね。段取りを整えたらご連絡しますので、祝言の日には皆でお祝いしましょう!

 一応彼女が暫定的に、月宮の当代頭領になるから、西の……風間も呼ぶ事になるんですが。いいかしら?」

「おいおい、千姫さんそりゃまずいだろ。あいつ千鶴を連れてこうとしたんだぜ? ま、俺達が許さねぇけど」

「その点は大丈夫。八瀬に対する非礼にもなるから、風間には大人しくお酒でも飲んでてもらうわ。

 皆さんも喧嘩しないで下さいね? あっ、二人が来たわ、よかった! 本人達の承諾がないと進められないもの」



千姫の言った通り……やがて戸が開き、斎藤と千恵が並んで顔を見せた。

斎藤には、いつになく穏やかで温かい雰囲気が漂い、千恵の方は幸せが花を添えて、はにかむ笑顔が可愛かった。

何が話し合われどうなったか、手に取るように分かる二人の様子に、近藤が満足そうに頷く。

「ご報告したい事があります。俺と月宮は……」

「結婚するんだろう? ハハハ、やっと腹を括ったか! 今ちょうどこちらでも話し合いが終わったところだ」

「ああ、通り名は今まで通りだ。同姓になると色々面倒なんでな、籍だけ婿に入ることにもう決まってる」

「ええ、子が授かるまではここで一緒に暮らしなさい」

「な? 俺の言った通り、部屋の使い方変えるだけで済んだろう? 斎藤、数打ちゃ当たるんだ、可愛がってやれよ!」

「左之っ! ……いや、いい。もう全部決まっているようだ。俺はそれで構わんがお前はどうだ?」

「本当に……いいんですか? 私、ここに居させてもらえるんですか!?

 どうしよう、嬉しくて泣きそう。あの……こんなに良くして貰って……。みんな大好きです!」

千恵の言葉に、京で恐れられる新選組幹部の顔が、一様に綻んだ。照れ臭いが、真っ直ぐな思いには応えたい。

人を斬ろうが毛嫌いされようが、こんな言葉が貰えるなら頑張れるというものだ。

「大好き、か。言われると結構気分いいもんだね。近藤さん、僕も近藤さんが大好きですよ? 一番大事だ」

「ハハハ、面と向かって言われると照れるな。だが有難う! お前は天然利心流を継ぐ身だ。早く……風邪を治しなさい」

「へぇ、すげぇな総司! 跡目継承だってよ! お前強いもんなぁ〜。俺も負けてらんねぇぜ!」

「藤堂君、北辰一刀流なら伊東さんの剣技を見取りなさい。彼は人柄こそ癖はありますが、剣は一流ですから」

本当は自分も同じ流派の免許皆伝者として、色々教えてやりたかったが。動かぬ片腕がそれを許さない。

山南は少しだけ気が塞いだが、可愛い弟弟子の最善を願い、自身の苦悩には蓋をして伊東にその役を譲った。

「さてと、それじゃあ私はそろそろお暇するわね。斎藤さん、宜しくお願いします。千恵、今度白無垢の柄を選びましょ?

 それから千鶴ちゃん。辛い話を聞かせちゃってごめんなさい。でもここなら安心って意味が分かったわ。

 私も鋼道さんの捜索、手伝うから。あまり根を詰めずに気長に頑張りましょう! また会いましょうね。

 皆さん、二人の事お願いしますね。お邪魔しました!」

「ああ、こちらこそ宜しく頼む」

「今度は甘味処で会おうね。色々教えてくれて有難う」

「うん、謝らないで。父様は父様だし、ちゃんと知ってよかったと思うの。有難う、気をつけて帰ってね」

千姫は、皆に手を振り帰って行った。帰り道、縁談も出会いの一つかしら? なんて思ったのは、千恵の笑顔を見たせいか。

自分も運命の人に巡り合える事を願いながら、頭の中は祝言への段取りを考えて忙しく働いていた。



千鶴は、千恵の幸せを祝いながらも、不安な事が一つあった。変若水と羅刹。父の失踪に関係してるに違いないそれを、

千姫は知らない。もし他の鬼がそれを知ったら……どう思うだろう。許されるのだろうか?

知らぬ間に鋼道の犯した罪は、千鶴の顔を曇らせていた。ここに持ち込んだ罪。置いて去った罪。

それが父の意志でないと分かっていても、やっぱり千鶴は罪悪感を感じずにはいられなかった。

ふと、視線を感じて顔を上げると、千恵が間近でこちらを見ている。

「千鶴ちゃん? だ〜〜〜め! また余計な事考えてたでしょ? 誰もそんな事望んでないよ?

 山南さんも、笑っていてって言ってくれたでしょう? 皆が側に居る事を忘れないで……私も居る。ね?」

「千恵ちゃん……。フフ、千恵ちゃんには何でも分かっちゃうんだね。うん、そうする。有難う!

 それと……おめでとう。千恵ちゃんが幸せだと、私も嬉しいの。斎藤さんなら安心だし」

「そうそう、その顔がいいよ。本当に……すごい巡り合わせだなって自分でも思う。神様の悪戯かな?

 こんな悪戯なら大歓迎ね。フフフ、千鶴ちゃんは誰を選ぶのか、楽しみだな。その時は教えてね?」

「もう、千恵ちゃんったら!」


千姫を見送った後は、酒を飲む者、風呂に行く者、部屋で休む者とそれぞれ広間を去り、静かな秋の夜が訪れた。

悲しい話から始まった会合は明るい話で終わり、斎藤達の部屋からは、今夜ばかりは遅くまで灯りが洩れていた。




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