55 心情

八月末。千恵は斎藤との非番を楽しもうと、朝から食事の仕込みや洗濯に精を出し、二人で食べる弁当も用意した。

休みを揃えて貰う件は、意外とあっさり了承され、次はどこに行こうかと相談し合うのが楽しみになっていた。

今日はお弁当を持って山の方に行き、涼みながら話をしようと約束している。

「支度は出来たか?そろそろ行こう」

「準備はばっちりです。お弁当、沢山詰めたからしっかり食べて下さいね」

千恵は弁当の包みを渡すと、脇差を腰に差して門に向かった。外出の際は帯刀するようにしている。

細い小道を登り街を見渡せる所まで行くと、小さなお堂があったので、そこの石段に腰掛けて弁当を広げた。

山の風は涼しく、上り坂でかいた汗がスッと引いていく。しばらくは、ただ箸を動かし歩いた分を補給した。


充分に空腹が満たされ、眼下の景色に目がいく。ビルのない町並みは、とても整然として綺麗だと思った。

「京の町は碁盤の目みたいですよね。欧州では広場を中心に円形に街が広がっていて、放射線状に道が伸びてるんです」

「丸い町か、面白そうだな。千恵の時代にもし俺が渡ったら、異国に行ってみたくなるだろう。

 今はまだ、余程の要人か学者でなければ、渡航許可は下りんからな」

「そうですね。でも意外だったな。今は攘夷と開国で争ってるのに、斎藤さんって何話しても驚かないんですもん」

「遥か先だからな。変わって当然だろう。空を飛んで移動出来る乗り物まであるんだろう?

 お前の話は面白い。変わる事は左程気にならん。上に立つ者次第で権力の趨勢は常に変わるからな。

 その時どこの誰に尽くしたいか、それを決めて全うするだけだ。新選組には……俺の求めるものがある」

「求める……もの?」

「ああ。本来武士の持つべき志し、追い求めるべき道だ。……副長の目指す場所を、俺も共に見てみたい」

斎藤さんの言葉はいつも、ひと言ひと言が丁寧に選ばれる。だからこそ、真実味と誠意が感じられるのだろう。

静かな瞳の奥に宿る情熱にも、新選組への、そして土方さんへの忠義の心が表れていた。

とても眩しくて誇らしい気持ちになる。そんな場所に一緒に居られる自分が。そんな斎藤さんの側に居られる事が。

「なら私も、皆さんと斎藤さんの道に付いて行っていいですか? 一緒に並ぶなんて無理かもしれないけど、

 ほんのちょっとだけ後ろに居ます。離れた所じゃなくて、私も側で見たいです」

「そうしてくれ。いや、俺が離さないからそうなるだろうな。お前はもう新選組の仲間だ。

 それに……俺にとってはもうそれだけではないからな。共に見よう」

斎藤さんの左手が私の右手に重なった。まるで私だけの特別席に招待されたような気分だ。

共に。その言葉が嬉しかった。返事の代わりに、繋がれた手をしっかりと握ると、斎藤さんは少し笑った。



「さあ、帰ろう。弁当は美味かったし、山で涼めていい気分転換だった。ここにはまた来たいな」

「ええ、人気も全然ないし静かでいいですよね。桜があるから、秋の紅葉も楽しそうです」

「花見の頃も人がいないといいな。人混みはあまり好かん。だが、たまには町に行きたいだろう?」

「行きたい時はそう言います。でも私も静かにゆっくり話が出来て、綺麗な景色が眺められるのって好きですよ」

斎藤はにこりと笑う彼女の様子が嬉しかった。まさか自分がこんな風に、女子に色んな心情を話すようになるとは、

夢にも思わなかった。だが、千恵は良い聞き役だったし、ただ聞くわけでもなく時には自分の意見も言う。

闇雲に好いた男に従っているのではなく、自分の意志で寄り添っている、という感じが好ましい。

弁当の味も、自分の好みに合わせて少し薄めに味付けてあり、好物が並んでいて、箸が進んだ。

もう八ヶ月か。いつの間にか恋仲であることが、そばに居る事が心地よくなっているな。

想いを伝える前は、側にいる事に緊張したり、ぎこちなくなっていた事もあったのに。今ではそれもなくなった。

高鳴る胸はそのままに、自然に言葉が出てくるようになり、気付くと千恵の手に手を伸ばしている自分が居る。

夕餉の後の語らいや休みの外出が楽しく、日々の暮らしの充足感は以前の比ではない。

娶るなら千恵がいい。と、この先も共に居る事を想像して、少し口元が緩んだ。

妻帯など身に過ぎると思っていたが……相部屋、という計らいの裏にある意図に気付かぬ訳もない。

己が刀の錆になり、千恵が若後家になって残されたら……と先を案じて、交際当初は考えもしなかったが。

自身が望み彼女も望んでくれるなら。……それが自然なのかもしれんな。

手早く重箱を風呂敷に包む千恵の後姿を眺めながら、斎藤は胸の内に起きた変化を楽しんでいた。



ああ、俺もここから眺める景色が好きだ。それをお前と一緒に見たいと思うようになった、自分も好きだ。

口には出さずに言葉を返し、千恵の手を引いて山道を降りた。




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