54 玉簪

私達が鬼だと知られ、新選組の秘密を知ってふた月。千鶴ちゃんは制限が緩み、私には制限が設けられました。

土方さんって、過保護な気がする。そんな事を思いながら、私室の外廊下で乾いた洗濯物を畳んでいる。

「今更って気がするんですけど」

「念の為だ。足は速いが力は女子だ、捕まったら逃げられんだろう? 雪村は喜んでいたぞ?」

「だって千鶴ちゃんのは許可で、私のは規制だもの。意味が逆なんです。……内容は同じでも」

何の話をしているかというと。私達に「同伴一名を付けての外出」が言い渡されたのだ。

千鶴ちゃんは今まで巡察の同行だけ許可されていたけど、もう逃げる事も秘密を漏らす事もないだろうと、

幹部同伴なら外出してもいい、と許可が出た。逆に私は、今までは一人でも出掛けてよかったけど、

やっぱり一人は危険だからって事で同じく同伴者を付ける事になった。何で今更?って思うよね。

しかも斎藤さんと恋仲だから、きっと皆遠慮して誘ってくれない。

気軽にお出掛け出来なくなって膨れっ面の私に、斎藤さんが苦笑しながら提案してくれた。

「なら、俺の非番にお前も休みが貰えるよう、頼んでみよう。雪村の巡察同行が増えて、一日中家事をしているだろう?

 鍛錬は朝だけにして、昼から夕方まで付き合おう。書類をお前が書いてくれるようになって、余裕が出来たからな」

「ほ、本当に!? 嘘みたい! ……どうしよう、すごく嬉しい……。斎藤さんありがとう!」

そんな条件なら、喜んで規制されちゃう! 書類書きも、もっと頑張っちゃう!

手放しで喜ぶ私を見て、斎藤さんは微苦笑を浮かべながら、そっと頭を撫でてくれた。

「ああ、隊士の人数が増えてから忙しかったが、ようやく新体制が軌道に乗ってきた。

 人が増えた分、皆に役割を振って一人一人の負担は減ったしな。今はお前の方が忙しいくらいだろう」

そう言うと、斎藤さんは畳んだ洗濯物の山を見て、もう一度私を見つめた。労わりの篭った眼差しで。

「来て間もない頃からずっとだ。給金のあるなしに関わらず、ずっと裏方として支えてくれている。

 誰にやれと言われた訳でもなく、手伝ってくれと俺達に頼む事もなく、休みなく。……感謝している」

「斎藤さん……フフフ、仕事があるのは幸せなんですよ? 働かざる者食うべからずって言いますし。」

「ああ、働けるのは元気な証拠だからな。だが、休みなく働けばいずれ体を壊す。休養も大事だ」

そう言うと、斎藤さんはチラリと人の気配を探ってから、私のおでこに軽く口付けた。

唇の触れた所が熱い。心臓がドキドキして、頬が赤くなるのが分かった。

トクトクトクと急く心音を感じながら、そっとおでこを触った。まだ残る感触を確かめるように。



「それから……気に入るか分からんが、昨日買い求めた物だ。開けてみろ。

 違う物がよければ後日交換出来るよう、店主に話はつけてある。気付くのが遅くてすまん」

袂から取り出した包みを渡され、紙を破かないよう丁寧に開けると、綺麗な玉簪が出てきた。

瑠璃色のガラス玉が付いていて、軸は漆で黒く塗られている。斎藤さんの瞳みたいだ、と思った。

「一昨年の師走に天井から降って来た時、手に握っていた数珠がその色だっただろう?

 多分素材は違うんだろうが、消えてしまったので確かめられんしな。似た物を探した。

 あれがなかったら……お前と出会えていない。縁を作ってくれた感謝でそれにした」

少し恥ずかしげな表情と優しい瞳に、じんわりと心が温かくなる。覚えてた事も凄いけど、探してくれたんだ……。

「フフ、有難うございます、斎藤さん。大事に使いますね。でも使うのが勿体無いなぁ〜。ずっと眺めていたいです」

「いや、使ってくれ。ククッ、自分の女に箸で髪をまとめさせるなと、左之に叱られた。

 江戸から戻った時も、お前がいらんと言ったから土産は用意しなかった、と話したら、呆れられてな。

 不調法でその方面は疎いからな。欲しい物があればその都度教えてくれ。ねだられんと分からん」

私は、欲しい物はもう全部貰ってる気がした。足りない物って何だろう? これ以上の幸せってあるのかな?

全然思い浮かばない。逆にこちらがあげたい位だ。……斎藤さんの欲しい物って何だろう?


「もう貰い過ぎてるんで、何か私も贈りたいです。斎藤さんの欲しい物って何ですか? ん〜刀は抜きで」

「刀以外で? あるにはあるが、まだ貰うわけにはいかんな。時機が来たら言うから、今はいい」

そう言うと、斎藤さんは目を細めて面映そうに私の手を取った。大事な物を持ち上げるように、そっと。

「この手は働き者の手だ。荒れないのが鬼の力なら、その血にも感謝せねばな。鬼でよかった」

本当に? 鬼でも構わない、じゃなく、鬼でよかったって言ってくれるの?

胸が詰まって上手く言葉が出なかった。自分を卑下するつもりはないけど、人との違いはたまに嫌になる。

打ち明けてからも、斎藤さんの態度は何一つ変わらない。それだけでも充分過ぎるくらい嬉しかったのに……。

「また一つ……宝物が増えました。どうしよう……大き過ぎて抱えきれない。

 こんなに嬉しい言葉……生まれて初めてです」

視界が揺れて涙が滲み、眦から一滴零れて頬に伝う。温かい幸せの涙だった。

それを掬った斎藤さんの手は、そのまま頬に添えられて。近づく顔が日差しを遮った。

唇が重なり、応えるよう促す斎藤さんの舌は、ほんの少しだけ私の舌を掠めると、名残惜しげに出ていった。

「夜でないのが残念だ」

身を起こした斎藤さんの目には、私でも分かるくらい熱い想いが込められていて。

カァッと顔が熱くなり、思わず目線を逸らして手元の玉簪を見つめた。斎藤さんの瞳の色がそこにある。

どっちを見ても斎藤さんがいるようで目が泳ぐ。頭上からクスクスと堪えるような笑い声がした。

「すまん、恥ずかしい思いをさせたな。また夕餉の時に会おう。そろそろ道場に行かねば。

 簪は今からでも使ってくれ。……気に入ってくれて嬉しい。それじゃあな」

クシャリと私の髪を撫でた斎藤さんを見上げると、もういつもの静かな瞳に戻っていた。

「はい、早速使いますね。本当にありがとう! 行ってらっしゃい」

笑顔で見送り、その背中が見えなくなると、簪のガラス玉にそっとキスをした。

まだ斎藤さんに自分からキスした事ないんだけど……ちょっとだけ練習、ね?

私室に戻ってクルッとまとめた髪に簪を挿すと、合わせ鏡で様子を確かめた。



障子窓から入る日の光を受けて艶やかに光る蒼いガラス玉。

なんだか、斎藤さんが悪戯っぽく笑った時の目に似ていた。




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