34 警告

元治から慶応に改元された四月。千恵は西本願寺の近くにある大きな市場に、買出しに来ていた。

壬生と違って往来の人通りが多いこの近辺は、昼間ならわりと安心して歩ける為、近頃は一人でも来る。

いつの間にか、舗装されていない道路にも袴姿の自分にも、すっかり慣れちゃったな〜。

キョロキョロと、いい出物がないか物色しながら市場を歩いていると、背中をポンと叩かれた。

「千恵! 今日はお買い物? 屯所に行ったら留守だったから、追いかけて来ちゃった」

元気のいい声に振り返るとお千だった。弾むような足取りで千恵の腕をグイグイ引っ張り茶店に入っていく。

「クスクス、お千ったら、せっかちね! 久し振り、元気だった? 全然来てくれないんだもの。会いたかった〜!」

「ごめんね、色々忙しくって。今もこっそり抜け出して来たの。千恵、なんか雰囲気変わったね。いい人でも出来た?」

「えっと……はい、出来ました。フフフ、斎藤さんっていう人。凄くね……幸せなの」

「本当に!? よかったね、おめでとう。……と言いたいところだけど…………言ったの?」

「ううん、まだ言ってない。今、江戸に行ってるの。戻ったら……ちょっと勇気を出そうかなって思ってる」

「そっか。言えそうな位の相手なんだ、その人。……受け止めてくれるといいね」

主語が無くても通じる会話。お千だから分かって貰える不安。それは千鶴ちゃんもだけど、お千はより深く理解している。

「ところで急に来たのは、ちょっと耳に入れておきたい話があるからなの。少し時間貰える?」

「うん、まだ大丈夫」

お千はおもむろに立ち上がると店の人に声を掛け、二階の座敷を一室借りた。ここでは出来ない話らしい。

注文した団子とお茶を持って来た店の人が下がると、お千の顔つきが真剣なものに変わった。


「風間千景って覚えてる? 今薩摩に手を貸している西の頭領。千鶴ちゃんが雪村家の娘だって、彼に知れたみたい。

 貴女は系譜に存在しないから、まず分かりっこないと思うんだけど。……でも苗字でいつか分かるかも。

 月宮家は北の頭領だもの。あの数珠も同胞の間では有名でしょ? 勿論、伝説としてだけど」

「千鶴ちゃんや私の事が知れるのって、何かまずいの?」

「ん〜西の方は血気盛んなのが多いから。人に囚われし鬼の姫達をいざ助けん! なぁんて事になると面倒じゃない。

 しかもきっと、保護してやる、なんていいながら、絶対嫁候補よ? 世話になった恩義で嫁ぐなんて嫌でしょ?」

「ハハハ、ないね。そっか、そっちの心配もあるのね」

「そうなのよね。まぁ長州征伐がまた始まったら、それどころじゃなくなると思うけど。

 長州が勝つか負けるかで、かなり変わるでしょうね。千恵は知ってるんでしょう? 聞く気はないけど」

「うん……そんなによくは知らないけど、流れなら少しは分かるかな。

 ふぅ、まさか政治に絡んでるとは思わなかったから、勉強しなかったのよね。親も話さなかったし。

 そうそう、ところであの数珠なんだけど……消えちゃったの。こっちに来た日に突然。

 役目を終えたのかな? それとも……数珠だけどこかに移動するなんて事、あるのかな?」

「それは……クスッ、当たり前じゃない! だって同じ時代の同じ物が二つ存在出来る訳ないでしょ?

 きっと、この時代のあるべき場所に、普通に保管されてると思うわよ? それがどこかは知らないけれど。

 系譜が続いている以上、どこかに生き残りの方がいらっしゃるはずだから、その方が持ってるんじゃないかしら」

「なるほどね! そっか、そういう事か〜〜〜〜、うん、納得した。したけど……もう必要ないかな。

 私ね、斎藤さんがいるこの時代で生きたいって思ってるの。そばに居たい。出来たらその……ずっと」

「帰れない、じゃなくて帰らない、って事!? ……そっか、そんなに好きなのね、斎藤さんの事。

 凄いわね、時代も種族も超えた奇跡の恋!! それってもう、絶対赤い糸で繋がってるわよ!!」

「そ、そんな大袈裟な事じゃないわよ! ただ普通に……いえ、普通じゃないけど知り合って。

 段々良さが分かって好きになって。そしたらたまたま向こうも好きになってくれたっていうだけで……」

「フフフ、ご馳走様! あ〜あ、やんなっちゃう。私だって普通の出会いと普通の恋がしたいのにな」

「すればいいじゃない、家柄なんて関係ないよ! ……って訳にもいかないか。

 でも、縁談だって好きになれば恋愛でしょ? 知らないからって断るのも、少し勿体無い気がするな。

 私も知らない人なんてって思ってたけど、今考えたら斎藤さんだって最初は知らない人だったんだし」

「そっかぁ……そうよね! なんか、見方が変わったら縁談も悪くないかなって思えてきたわ。

 家柄がどうのって言ってるのは、本人じゃなくて周りの者だものね。フフフ、ありがとう、希望が湧いてきた!」


お千は頬を摺り寄せ、私にギュッと抱き付いてきた。よっぽど嬉しかったんだろう。

こんなに可愛くて溌剌としてるんだから、きっと見合いだろうがなんだろうが、相手は恋に落ちちゃうと思うな。

千恵は、心許せる同胞の姫に、素敵な人が見付かりますように、と心の中で祈った。

私もいつか、斎藤さんにプロポーズされたいなぁ……なんてね。……考えただけで、顔から火が出そうだ。

まだ付き合って間が無いし、そんな風に思ってくれる日が来るかも分からないけど……。

秘密を打ち明けても受け止めて貰えたら。その先に一緒に生きる未来があるといいな。そう思った。

願えば叶う……ほど世の中甘くないけど。まずは願うところからでも始めないと、何も叶わない。

「撒かぬ種は生えぬ」だよね、うん!!

千恵はニッコリ笑うとお千を抱き締め返し、珍しい血筋ゆえの悩みを共有する友人と、幸せになろうね! と誓い合った。



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