29 本気

元旦から半月。斎藤と千恵の変化はすぐに皆の知るところとなり、静かに受け入れられた。

……に見えたが。その陰に斎藤の努力があったことを千恵は知らなかった。というより知らされなかった。



局長、副長、総長、六番組組長が居並ぶ部屋に呼ばれた斎藤は、畏まって下座に腰を下ろした。

「呼んだのは他でもねぇ、月宮の件だ。一応新選組で預かってる身だからな。俺達皆が親代わりみたいなもんだ。

 あいつがお前に惚れてるのは皆知ってたが……お前はどうなんだ? 本気か?」

「はい、本気です。ですが隊務には影響ありません。今まで通り――」

「いや斎藤君、君の働きぶりは皆よく知っているんだ。それが変わらないだろうという事もね。

 男女の仲に口を挟むのは些か不粋だが、月宮君はいい娘だ。勿論君もいい青年だが、心配なんだよ」

「局長のおっしゃる通り、月宮は俺には勿体無い娘です。人斬りの身で、と迷いましたが……気持ちは変えられません」

「いえ、皆君に諦めさせるつもりで呼んだのではありませんよ? 大切なのはどれ位の気持ちか、という事です。

 ……本気なんですね? 分かりました、ならいいんです」

「ああ、月宮君は分かりやすいんだが、斎藤君はあまり表に出さないからね。少し気を揉んでしまったんだよ。

 大事にしなさい、あんなに気立ても器量もいい娘さんは中々居ないもんだ」

斎藤は驚いた。勿論月宮が大幹部達のお気に入りである事は承知していたが、これほどとは思わなかったのだ。

あの日。元旦に想い通じた時に斎藤は、卑下も後悔もしないと決めた。手を取った以上、離すつもりはない。

半年逡巡し、彼女が同じ想いと知ってからも、自分でいいのかと悩み抜いた。だがそれも、あの口付けで吹っ切れた。

背筋を正し軽く息を整えた後、言葉を選んだ。女性に対する思いを人前で言うなど、以前の斎藤には考えられなかったが。

今は伝えるべき場面だろう。斎藤は真っ直ぐに顔を上げ、口を開いた。

「本気です。俺は月宮を……彼女を幸せにしたい。共に幸せになりたい。そう願っています。

 仕事を優先させる事も理解してくれている。だが、寂しい思いをさせぬよう、補う努力はするつもりです」

斎藤の真摯な言葉に、皆肩の力を抜いた。どうやら要らぬお節介だったようだ、この分なら大丈夫だろう、と。


近藤は若い彼の真っ直ぐな気持ちを聞き、優しく諭すように言った。

「君には耳障りな話になるんだがな。月宮君には縁談を用意しようとした事があるんだよ。この四人で。

 まあその話はあっさり一蹴されてしまったんだが、我々にはその時の言葉が今も胸に残っているんだ。

 真っ直ぐな綺麗な目で、ここが大好きだと言ってくれた。そんな自分も大好きだと。

 あれからずっと見ているが、あの子の目は変わらない。相変わらずここが好きだ、皆が好きだという気持ちが溢れている。

 そして今は、何より君が好きだという気持ちがね。だから……幸せになって貰いたいんだよ。

 幸せにしてあげて貰えるだろうか?」

「おいおい近藤さん、その言い方じゃ明日にでも祝言挙げろって脅してるようなもんだぜ?

 斎藤の目も本気だ、大丈夫だろ。お前にはこれからも汚れ仕事させるかもしれねぇが、応援してる事は分かってくれ。

 生き方もやってる事も卑下すんなよ? 壬生浪に惚れる女だ、受け止めるだけの度量はあるさ。

 なきゃやってけねぇしな。刀傷にも血にも臆さねぇ娘なんてそういない。大事にしてやれ。

 ククッ、言われるまでもねぇか。お前が真面目な顔で女の話をする日が来るとは思わなかったな」

「ふ、副長!」

「土方君、からかうものじゃありませんよ? まだ始まったばかりの恋です。温かく見守りましょう。

 斎藤君なら、伊東派に謗られるような振る舞いはしないでしょうし、任せて大丈夫でしょう」

「ああ、だが若いんだから意識して距離を置く必要はないんだよ? 好いた者同士、仲良くやりなさい」

江戸で知り合い、京で共に道を歩むことになり、今日まで斎藤を見てきた皆は、思い思いにこの幸せを祝った。

千恵は、斎藤の頑なになりがちな性質を解すだろう。斎藤は、千恵の中に常にある不安と孤独を鎮めるだろう。

心配は尽きないが見守ろう。そう決めて、四人は斎藤を退室させた。

斎藤は、認められた安堵感と共に、月宮を幸せにしたいという思いを深めた。

縁談を蹴ってここに残ったという話には驚いたが、更にその中で自分を選んだのだ。

そして俺も選んだんだ。ならば共に。幸せを求めよう。

前川邸に隠れる闇。伊東派との微妙な距離感。揺れ動く時局。不安定材料がそこかしこに転がる中。

二人の恋はまだ始まったばかりだった。



近藤と井上も去り、部屋に残ったのは土方と山南だった。

「土方君、あまり斎藤君に無茶させないで下さいよ? 月宮君が泣きます」

「大事な小姓が泣くような計画を立ててるあんたに言われたかねえよ。……本気なのか?」

「ええ。新選組の厳しさを知らしめるなら、切腹が効果的かと思いまして。介錯は沖田君が引き受けてくれます」

「山南敬助がこの世から消えるんだぞ? 本当にいいのか?」

「それだけの覚悟と想い、背負ってくれますね? ……幕府からの回答はなんと?」

「鋼道さんの探索を続行しながら、秘密裏に改良を進めろ、だとよ。ったく、足元見やがって」

「断れないと踏んでるんでしょう。しかも露見すれば知らぬ存ぜぬを通すのは目に見えている。

 安く見られたもんですね。仕方ない、まだまだ新選組は末端です。断っても露見しても潰される。

 それに、彼らは人外に落ちたとはいえ我々の仲間。新選組の隊士です。……私は彼らを救いたい。

 何か狂わぬ方法がないか、研究していくつもりです。その為にも、幽霊になる準備を進めましょう」

「……分かった。あんたの覚悟も想いも背負って、新選組を世に残す。鬼になってみせるさ」

「ククク、なら私は仏の山南というあだ名通り、仏さんになって見守りましょう。香典は多めにお願いします」

「はぁ〜〜ったく、近藤さんもなんであんな奴引き入れちまったんだか。読めねぇ食えねぇ通じねぇ、の三本立てだ。

 まぁ、もう化かし合いは始まってんだ。やるしかねぇし、やってみせるさ!」

確かに総長の山南を切腹させるとなれば、伊東派や新参隊士には大きな牽制になる。

失うものと得るものを量りながら、まだ不安定なこの組織を沈ませない為、両雄は覚悟を決めた。

後は実行の時機と移住先の確保だ。人口過多になった平隊士達の雑居部屋は、そう長くもたないだろう。

二人は広さ、立地、情勢との兼ね合いを考えながら、候補地の選択に入った。



沈まぬ太陽はないと知りながら。二人は新選組と近藤を陽光のごとく高めようと、懸命だった。



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