02 蟄居
千鶴ちゃんと同室で暮らすことになり、服は男物の着物と袴を渡された。
「ここは男所帯だ。雪村と同様、男のなりで過ごして貰う。いいな? あとは引き篭もって身の振り方を考えとけ」
江戸時代に行くなら、とカバンに入れておいた女物の着物は、当分役に立ちそうも無い。残念だな。
私が彼女に出会った日。あの日は彼女もここで暮らす事が決まって部屋に案内されたところだったそうだ。
蘭方医の父が京で行方不明になり、父を知っている新選組が捜索にあたることになって、保護が決まったらしい。
保護といっても……軟禁、かな。襖の向こうに絶えずある人の気配。常に私達は監視されていた。
私に監視は分かるけれど、どうして千鶴ちゃんは出られないんだろう? 娘が探した方が見つけやすいのにね。
けれどそんな疑問をぶつけていい立場じゃないので、大人しく部屋で過ごす事にした。
「千鶴ちゃん歳はいくつ?」
「お正月で十七です。もうすぐですね、初詣に連れて行って貰えたらいいのになぁ〜。千恵さんはお幾つですか?」
「私? 私はえっと数えだとお正月で十八! 年も近いし、ちゃん呼びで敬語もいらないよ? よろしくね」
「フフ、こちらこそ。千恵ちゃんのご家族はどうしてるの? もし帰れなかったらすごく心配するよ?」
「あ……うん、大丈夫。お父さんとお母さん、去年事故で……亡くなっちゃったんだ。
先に行くなんて、ズルイよね? 残された方は……堪らない。あ、ごめんね? 暗くなっちゃった!」
「ううん! こっちこそ、ごめんなさい。あの、ご両親がいなくてどうやって暮らしてたの?」
「お金は沢山あったから。あ、なんか自慢みたいで嫌な言い方だね。でも暮らすのには困らなかったの。
一番困ったのは……夜かな」
「夜?」
「うん、夜になるとね、寂しくて辛かった。一人っきりの部屋って、音が響くんだよね」
「……分かるかも。私も父様からの文が途絶えてから、急に怖くなったの。もしこのまま……
もし帰って来なかったらどうしようって。私には父しかいないから、一人になっちゃうって怖かった。
もちろん心配で探しに来たんだけど、不安の方が大きいの。どうやって暮らそうかとか、考えた事がなかったから」
「そっか……。大丈夫、きっと見付かるよ! 絶対に見付けよう? そしたら……遊びに行っていい?」
「うん! 父様に頼んで一緒に住んでもいいし。でも千恵ちゃんこっちに知り合いがいるかもしれないんでしょ?
見付かるといいね。こっちに来た事、誰か知ってるの?」
「分からない。でも、来てって書いた人は私を知ってるんだよね、きっと。……誰なんだろう。
どうやって探せばいいのかな?月宮千恵です、誰か知りませんか〜〜って呼んで歩こっか? クスクス」
「クスクス、千恵ちゃん美人だから、そんな事したら男の人が沢山寄って来ちゃうよ? 危ないよ」
「え〜〜? ないない、千鶴ちゃんの方がずっと可愛いもん。お父さんの居場所知ってるからおいでって言われても、
簡単に付いて行っちゃ駄目だよ? 悪い人だったら大変だし。それにしても、明日から何して過ごそう。
身の振り方を考えろって言われても、私が部屋に篭ってたら見つけようが無いよね?
江戸時代に来たら色々見たかったのにな、残念。小間物屋さんとか、甘味処とか行きたいな」
「私は新選組の人達が父様を探してくれるけど、本当は自分でも探したい。贅沢かな? 保護して貰ってるのに。
小間物屋さんと甘味処は、外に出られるようになったら一緒に行きたいな」
「うん、一緒に行こうね」
千鶴ちゃんは全然気付いていなかった。襖の外で私達の会話に聞き耳を立てる、何人もの人達に。
私は気付かない振りをして、千鶴ちゃんと会話を続けた。どんなに疑われても、無い袖は振れないもの。
彼女達の会話を聞いた男が四人、副長室に集まった。土方、原田、斎藤、沖田だった。
「どう思う、原田?」
「聞いた内容じゃ白だな。身寄りなし、手掛かりなし、帰る方法は分からず、か。可哀想にな」
「副長、月宮は本当に150年後から来たとお考えですか?」
「嘘をついてる目には見えなかったが……。ったく、狂った連中を見た鋼道さんの娘に、未来から来た娘、か。
とんでもないもん背負い込んじまったな。やっと新選組も軌道に乗ってきたってのに、頭がいてぇ」
「だったら二人とも殺しちゃいます? 身寄りがないのは好都合だ。千恵ちゃんなら、僕ら以外目撃者もない」
「総司、勝手な真似するんじゃねぇぞ! 近藤さんの目ぇ見ただろうが。……しばらく様子を見るしかねぇ」
「あの言葉は確かにグッと来たな。今の京で俺達をあんな風に言ってくれる奴はいないぜ?
いつかそう言われる日が来るって思うだけで、仕事にも張りが出る。いいじゃねぇか、屯所が華やかで」
「俺も今回は左之と同意見だ。華やかかは分からんが、言葉には感謝したいと思った。
総司、あまり勝手な事はするなよ? 局長が悲しむ」
「はぁ〜、分かってるよ! あの子、近藤さんが言われて一番嬉しい事、言っちゃったからね。手は出さない。
千鶴ちゃんだって、鋼道さんの娘だしね。……ただ、あの子達が何かしたら別だけど」
「させねえよ、その為に引き篭もってろって言ったんだ。秘密の近くに寄らないようにな。
俺と山南さんが大坂に行ってる間も監視は続けろ。変な動きしたら、泳がせて目的を探れ、いいな?」
「御意」
「了解」
「分かってますって」
命の天秤は、生と死を左右の皿に乗せ、微妙に揺れていた。
言葉ひとつ、態度ひとつが命取りになる。二人が思う以上に、最初の溝は深かった。
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