00 出発
鬼って知ってますか? 昔話に出てくる悪役です。でも、そのお話を書いたのは人間なんです。
鬼は退治されたり、泣いて謝ったり。女を攫ったり、人を食べたり。あんまりです。
本当は……本当の鬼は、人間とちっとも変わらないのに。だから一緒に暮らしても、皆気付かない。
ほんの少しだけ秘密を抱えて、自分の血に誇りを持って、普通に生きているんです。
皆のそばで。人の中で。あなたの隣りで。
私が生まれた時、お母さんは泣いたそうです。あまりに嬉しくて。そして、とても悲しくて。
女の子だったから。千恵と名づけたから。どんなに大事に育てても、別れの時が来ると知ってるから。
でも大丈夫じゃないかな? なんとかなりそうな手紙だし。もう一度手に取り、目を通した。
我が家に150年ほど保管されている、桐の箱。その中に仕舞ってある古い一通の手紙と数珠。
二千十年十二月十二日、数珠を持って時を渡って下さい。大丈夫、怖がらないで。
きっと幸せになります。 千恵
カバンを左手に持ち、右手に数珠を握り締めた。天国のお父さん、お母さん、きっと幸せになるね。
最後の日まで普通に暮らした部屋を眺め、目を閉じた。次第に意識が遠のき……平成の世から月宮千恵が消えた。
バイバイ、平成。
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