11 花見

「よう、千恵! 今日は昼餉の当番、源さんと千鶴だろ? 今から一緒に出掛けないか?」

庭掃除をしていたところに声を掛けてきたのは、原田さんだった。いつも何くれと無く優しくしてくれる。

「え、でもいいのかな? 洗濯物だって――」

「千恵ちゃん、私がやっとくから行ってきて? お土産は醤油団子がいいな〜、フフフ」

井戸端で秘密を分け合ってから、私と千鶴ちゃんの距離は急速に縮まった。

それに加えて、進まぬ父親探しで焦燥に駆られ不安げで暗かった千鶴ちゃんが、とても明るくなった。

少し前から手伝いのお駄賃を近藤さんがくれるので、今はちょっとした物を自分で買うのが二人の楽しみだった。

実際は、まだ出掛けられない千鶴ちゃんの代わりに、私が行くんだけどね。

そんな私を妬んだり僻んだりせずに待てるのは、やっぱり打ち明け話のお陰だろう。気持ちの余裕って大切だもの。

そんな訳で、手招きする原田さんに付いて屯所を出て町に出た。どこに行くんだろう?



「あれ、こっちって、前に宴会で来た祇園へ向かう道ですよね? お酒でも飲むんですか?」

以前永倉さんと出掛けようとしていた時の事を思い出す。昼間からでも飲むんだよね、この人達。

「いや、お前の酌で飲むのも楽しそうだが、今日はそうじゃねぇんだ。行ってみてのお楽しみ、だ」

「フフフ、なんだろ? じゃあ、楽しみにしてます」

坂を上り、土産物屋を覗きながら歩いた先は……清水寺だった。

「わあっ、すごい! 可愛い〜〜〜っ!! お菓子かぼんぼりみたい! 原田さん、綺麗ですね!」

そこに広がっていたのは、満開の八重桜。桜色より少し濃いピンクの花が集まって咲く様が、とても可愛い。

ちょこっと添えられた黄緑色の若葉も、この花の色にピッタリで、写真が撮れないのが残念だ。

「な? 可愛いだろ、きっと喜ぶと思ったんだ。山桜はもう散ったが、これは今が咲き頃で長く楽しめるんだ」

「ありがとうございます。本当に可愛いですね、食べちゃいたい」

「ハハハ、それは食えねぇが、なんなら桜湯でも飲むか? 途中の茶店にあったぜ?」

「はい。でも……もう少し眺めてからにします。本当に……綺麗」


いや、綺麗なのはお前だろ? そう言い掛けて留まった。八重桜を見上げる千恵の横顔は淡く微笑んでいて、

声を掛けるのはなんだか不粋な気がした。それに、今は自分もこの花を楽しみたかった。

京に上がってからも幾度も危機があり、ようやく組織として形が出来上がったのは秋頃だった。

近藤さんを中心とした隊の中で自分の役目を与えられ、組もまとまってきたし給金も上がった。

やっと、桜を楽しめる余裕が出来たのだ。今はそれを心から堪能したい。

そして、今日は八重桜を見に行こうと思い立った時に浮かんだのが、千恵の顔だった。

どうせなら一緒に連れてって、あいつも楽しませてやるか。そんな軽い気持ちだったが……。

俺が一緒に見たかったのかもな。

花の下で酒を飲んで騒ぐんじゃなく、一人で見るんでもなく、誰かと一緒に風情を味わいたかった。

一緒に見上げて綺麗だと喜んでくれそうな人物。それが、彼女だった。

ふと、酒宴の時の美しい振袖姿を思い出す。あの格好は、酒の席よりこっちの方がよく合うだろうな。

今千恵が、萌黄色の着物に銀鼠の袴を着けて佇む様子は、男装だが誰がどう見ても美しい花盛りの女性だ。

左之助は、そんな格好を千恵にさせるのは不自然だと思った。似合う似合わないではなく、道義的に。

いつか。いつか綺麗な着物を着た千恵に、桜の下で笑ってほしいものだ、と思った。




帰りの下り坂の途中で祇園豆腐と桜湯をいただき、八坂神社にも参拝して、帰路についた。

まだ明るいが少し日が落ちてきた京の町。電信柱もビルもない空は広く、通りの埃っぽさも気にならなかった。

結局豆腐も桜湯も土産のお団子も、全部原田さんが代金を支払ってくれた。今日のお礼だと言って。

礼を言うのは連れて来てもらってご馳走になった、私の方だと思うんだけどな。

「いや、お前のお陰で随分楽しめた。ありがとな」

そう言って笑う原田さんの目はとっても優しくて。本当に感謝の気持ちが表れていて、なんだか照れ臭くなった。

新選組って強い人達ばかりの集団だと思ってたのに。実際に会って共に暮らしてみると、優しい人ばかりだった。

私達に矜持があるように、彼らにも志しがある。だから手出しはしないし、止められない。

だけど、一緒に居る内に、組織がなくなっても人が残ってくれたらいいな、なんて思うようになってきた。

あまり歴史に詳しくないけれど、後数年で命を落とす人がこの中にいるんだと思うと、切なくなった。

日本史を専攻してなくて本当によかった。きっと、知っていたら耐えられない。変えようとしてしまうだろう。

どうせ人が残した人間の歴史なんて、勝った側の都合の良い言い訳集みたいな物だ、と見向きもしなかったが。

それが幸いしたと、今になって思う。まあ幕府が消えて明治になる事は私でも知っているが、

それは時局が来れば誰にでも分かるだろう。新選組にも分かるだろう。それでも彼らは進むんだ。

なら、ちょっとは関係者として応援してもいいよね? 何が出来るか分からないけれど、茨は少ない方がいい。

そんな気持ちを心の隅っこに置いて、元気に屯所の門をくぐった。迎えてくれる笑顔の面々に声を掛ける。


「ただいま」


新選組は、もう私の家になっていた。



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