146 昂奮

教練へ出払っていた斎藤らの本隊と連絡が取れないまま、新選組の本陣は新政府軍に囲まれていた。

ここに旧幕軍の残兵が潜伏している、という情報がもたらされたのだ。

だが、密告者の身元が不確かな為、包囲を決めた後も半信半疑だった。

邸宅は静かな佇まいで人気がほとんど感じられない。

ただ、門から見える庭の奥に幾つもの荷車が並び、筵を被せられているのが目に付いた。

それが兵器の類なら、容疑は大きく黒に傾く。

隊を率いていた男は部下に指示し、建屋の玄関口へと走らせた。



対する本隊では、切迫した問答が続いていた。

本陣が囲まれている、という伝令に動揺した隊士達を鎮め、小隊に分けて待機させている。

尾形と斎藤は、政府軍の銃兵達を物陰から睨みつけ、押し殺した声で互いの案をぶつけた。

「斎藤君、分かっているはずだっ。今ここで救出に出れば、たちまち銃口はこちらに向かう。

 同時に……邸への攻撃も開始されるだろう。あの人数で何が出来る!? ……全員捕まり隊士は無駄死にだ」

「言われずとも分かっているっ! だが中には局長と副長とっ……」

千恵達もいる、とまではっきりと口にはしなかったが、焦りを滲ませた声に苛立ちが篭っていた。

「ああ、それを承知の上で、だ。……斎藤君、ここは隊長として判断してくれ。俺達はそれに従う。

 ただ……近藤さんも土方さんも、本隊との共倒れを望んではいないはずだ」

「本隊を会津へ向かわせろ、という事か」

「……中にいる二人がこのままおめおめと殺される訳ないだろう? きっと、何か策を打つはずだ。

 島田君もいる。千恵さんと千鶴さんの事もどうにかするはずだ、そうだろ?」

尾形が正しい、冷静に状況を見ている。それは分かっていて、頭で理解しているのに決断は苦しかった。

それでも尚、

「守るべき者達に背を向けて逃げるのか」

そう言わずにはいられなかった。同じ葛藤が内にある事を知りながら、尾形にきつい視線を投げつける。

彼はそれを真っ向から受けた。譲れない。ここで判断を誤れば、新選組は終わる。

二人はしばし睨み合い、やがて斎藤が小さく息を吐いて目を逸らした。

「…………分かった」

「すまない。だが……今、斎藤君は新選組本隊の…………隊長、なんだ」

「ああ、分かっている」

胸の矜持も溢れかえりそうな想いも飲み下し、斎藤は重く頷いた。

大切な者達が集う場所を見据えたまま、尾形に指示を出す。本隊の援護なしでも、それでも……。

「尾形、伍長の梅戸と共に本隊を率いて、このまま会津へ向かえ。すまんが俺は邸の裏側に回る。

 銃兵は門の周りに集中しているから、恐らく脱出するなら裏口からだろう」

「馬鹿っ、お前にまで何かあったら新選組はどうなるっ! 誰があいつらを導くっていうんだっ!?」

「必ず追いつく。……約束する、必ずだ」

「っ……くそっ、はぁ……分かったよ。君が信を違えないと信じよう。皆と、待っている」

尾形は拳を握り締め、覆らない決意の瞳に思い知った。

……死を決した男の目じゃない。こいつの目は――生きている。

尾形は肩の力を抜き、クスリと小さく笑った。千恵さんがいなくても同じ行動を取ったか? そう聞くのは野暮だろう。

幾ら従軍した時点で覚悟があるとはいえ、この夫婦には裂くのを憚られる……何かがある。

共に並んでいる姿を見ているだけで、強く「生」を感じる。それは戦の中に置いて、ひどく不安を鎮める光景だった。

立ち上がった斎藤の背中に迷いは無い。

その足が邸裏の森に駆け出すのを見送り、尾形も本隊へ足を返した。

――皆、無事で。

祈りだけは後方へと向けながら。



新緑の芽吹きだした緑やわらかな森で、斎藤は一心不乱に木々を掻き分けた。

……確か、井戸の横に森へ続く小さな門があったはずだ。

小枝を鳴らし、柔らかく湿った土を蹴りながら進む。

白い塀と小さな門が目視出来る所まで来た時。何かの気配を感じ、足を緩めて刀の柄を握った。

己の気配を殺し、相手を探る。殺気は含まれていなかったが、得体の知れない影に眉を顰めた。誰だ?


「へぇ、一応気配は消してたんだけどな、勘がいいね。ああ、ひょっとして……あんたも鬼?」

木陰から洋装の男が姿を現した。とっさに構えをとりながら、若い声の発する……その顔を凝視した。雪……村?

「お前は誰だ? いや、誰だろうと構わん。邪魔立てすれば斬るっ。今は刻を争っている、命惜しくばそこを退けっ!」

「クスクス、気が立ってるね。まぁ無理もないか。

 ……俺も邪魔する気はないよ、折角見つけた妹が人間なんかに殺されるのは不快だ。

 だからさっさと連れ出してくればいい。クッハハハハ」

男は太刀に手を掛けるでもなく、腕組みして木にもたれ愉快そうに笑っている。

斎藤は即座に止めていた足を動かし、男の脇を通り過ぎた。

「逃げて足掻いて、俺を楽しませて」

耳の横で嘲笑う声が台詞を投げつけ、姿を消した。気配すらもうない。

嘲笑と言葉に不快な嫌悪感が募った。あれは雪村の縁者か? ……っ! もしや、あれが平助達の言っていた――

羅刹隊が遭遇した男、それに符合し一瞬振り返ったが、そこには静かな木立があるだけだった。

苛立ちと不安がさらに強まり、誰もいない場所へ殺気をむけつつ先を急いだ。

……今は構っている余裕などない。邸内の者達を連れ出すのが先決だ。


塀の横まで来ると――あまり使用されていないのだろう――斎藤は堅い門扉を数回揺らした末、足で蹴り開けた。

井戸の横で隊士が数名、昏倒したまま地に伏せている。

……中で何があった!?

スッと背に冷気が駆けた。

嫌な予感は、建屋に向かう途中チラリと目に入ったお勝手にもあった。

竈の火が消え人気のない土間に、刻んだ青菜が散らばっていた。

やけに喉がひりつき、潤すべき唾もなく口腔が乾いてゆく。

ただひたすら、足が急いた。





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