10 体質

少しひんやりする春風がゴウッと唸って散った桜の花びらを舞い上げる。

元いた世界なら、制服の短いスカートの裾を押さえるところだが、今は袴の裾がバタバタとはためくばかり。

井戸端で洗濯に励む私と千鶴ちゃんは、水仕事が楽になった事に喜んでいた。冬は本当に辛かった。

共に励ましあうことで冬を乗り切った先に待っていたのは監視の解除。最近ではもう、気配を探す事もしない。

それでも今だけは、辺りの木々のざわめきに人が混じっていないか注意深く確認した。

この話はまだ、誰にも聞かれてはいけない。信じる信じないとは別の問題だから。

人の気配がないのを確認し、改めて千鶴ちゃんを見る。たった一人の肉親を探し京までやってきた少女。

私達の……同胞。

知らない事は罪ではない。知らないほうが幸せな事もある。でも、一つだけ……これだけは知って欲しい。



「ねぇ……千鶴ちゃんって全然手が荒れないよね。毎日水を使っても割れないし」

「えっ?あ、うん……そうだね。」

ちょっと表情の翳った彼女を励ますように、自分の手をかざして見せた。

「私もホラ、全然でしょ? 一緒一緒、どんなに働いても荒れないから、苦労知らずだと思われちゃう、フフ。

 まぁ実際そんなに苦労はしてないんだけど。……千鶴ちゃん、怪我の治りも早くない?」

「っ!! あの……千恵……ちゃん?」

怯えたような、でもそれを隠そうとするような、それでいて続きを聞きたがっている瞳。揺れる瞳。

安心させるように、まだ水滴の残る千鶴ちゃんの手の甲に、自分の手を重ね合わせた。

「ごめんね……ごめん。知りたくなかったら、言わない。聞きたくなかったら、忘れて?」

「どういう……こと? あの……何か知ってるの? 私だけじゃない……の?」

困惑、不安、疑問、そして……符合する二人の特徴。聞くのが怖い、でも聞きたい。

そんな風に何色もの色を重ねたような千鶴ちゃんの瞳を見つめながら、私は少しだけ微笑んだ。

「うん。一人じゃないって事だけ、覚えといて? 千鶴ちゃんは一人じゃない。私も……一人じゃない」

二人の重なった手に目線を落とす。二人の手は小さいが、それでも二人分ある。抱える物を分け合える。

誰にでも言いたくない事ってあると思うけど。言えない事が重荷になるのを、私は知っている。

そしてたぶん、千鶴ちゃんもそれを味わっている。だから半分こ。同じ辛さを分けっこしよう。

「たぶん同じ体質なんだ、私達。傷が消える、特別な体質。……だよね?」

「千恵ちゃん……本当に? ほ、本当に同じっ!? 千恵ちゃんも一緒?

 わ、私っ……私だけかと思ってたっ、フッウッ……。気持ち悪いって! ば、化け物みたいって!!」

感極まったように泣き崩れる千鶴ちゃんの背中を、ゆっくり擦る。化け物、か。

まあ確かに、人間から見たらねぇ。気持ち悪って思うかもしれないけど。ちょっと偏見だよね。

怪我の治りが早いのはいい事だ。足が速いのも、人前では披露しないが助かる。優れた体で何が悪いの?

別に人間が劣っているとかそういう風には考えてないし、そんな育て方はされていない。

勝手にひがまれても困る。生まれつきなんだから。だから、千鶴ちゃんにも卑下して欲しくない。

自分の血に、自分の体に誇りを持ってほしい。そして、一人じゃないんだと気付いて欲しい。


ワッと泣いたことを恥じ入るように、千鶴ちゃんは顔を上げると手拭いで涙を拭い、照れ笑いした。

「ごめんね、動揺させて。でもどうしても伝えたかったんだ。待つだけじゃなく、探すだけじゃなく、

 隣りも見て欲しかったの。私も居るから。私も同じ体だから、抱え込まなくていいよって。仲間でしょ?」

「うん! なんだろ……物凄く嬉しい!! 嬉しくて、幸せで……どうしよう? ああ嬉しいな!」

「フフフ、よかったぁ〜〜〜! もう、言おうか言うまいか目茶苦茶悩んだんだからね?

 気まずくなったら同室なのにどうしよう、とか、隠し事を暴くのってひどいかな、とか。

 あ〜〜〜肩の荷が下りた! でもこれは二人の内緒ね? だってそう教わったでしょ? 秘密の血だって」

「うん。親は普通なのになんで私だけって、思ってたけど、大事な特別な血だって教わった。

 神様のくれた幸運が詰まってるんだって、父様が」

「わぁ、すっごくいいお父さんだね! 私も早く会いたくなっちゃった。頑張って見つけようね?」

「ありがとう、頑張る。うん、頑張れるよ。なんだかとっても心が軽くなったもの」

それから二人でクスクス笑いながら、洗濯物を分け合った。仕事も半分こ。辛さも半分こ。秘密も半分こ。


いつか言える時が来たら……他にも沢山いるよって教えてあげたい。皆仲間なんだよって。

でも今は、人ではない種族の一員だとは受け入れられないだろう。人として育てられた彼女には。

楽しそうに洗濯物を干す千鶴ちゃんの明るい表情を見て、今はそれでいい、と満足した。



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