115 嵐前

幕軍と西軍が布陣してても、お坊さんは逃げないらしい。各陣営以外人気のない伏見の町にも、除夜の鐘は鳴った。

私が幕末に来て迎える、五度目の大晦日。万一の夜襲に備えて、今夜は羅刹隊も警護に参加しているらしい。

刻んでも死なない体を今まで持て余していた五人は、士気高らかにこの任務を遂行している。

実際に戦闘が起きたら、やっぱり血に狂ってしまうんだろうか?

閉めた襖の向こうには、誰の気配もないけれど。消えた傷痕が、疼いたような気がした。



平助と永倉は、鐘の音を聞きながら、青白い五人の隊士達と夜営に参加していた。

「平助、山南さんの様子はどうなんだ? だいぶましか?」

「ん? ああ……俺と交代出来るようになって、ちょっと顔色がマシになったかな。

 今夜の事はさ、山南さんから頼んだらしいんだ。万一の時は新八つぁん、手伝ってくれな?」

羅刹を表に出す……それはかなり危険を伴う判断だった。それでも山南の主張は通った。

これから始まるのは、本当の戦。正規の隊士が負傷すれば、そのまま治療に回されて戦力が減る。

羅刹なら回復するし、戦時下ならば万一名簿にない隊士が死んでも、どうとでも誤魔化せる。

そして参加は、羅刹隊士達からの強い要望でもあった。

仲間が次々に狂い、処分されてきた中。次は自分かと怯えながらも、数が少なくなる事で強い結束が生まれた。

血に耐えて戦おう。生き延びる道を探そう。もう一度……刀を握りたい。

お互いに、誰かが狂ったら自分達で始末をつけよう、と決めた。お前が狂ったら俺が斬る。俺が狂ったら皆頼む。

決死の出陣、武士としての覚悟に、土方も首を縦に振った。男として散りたいという願いを、聞き届けた。

羅刹隊士達は、綿を鼻に詰めて念書を山南に渡し、刀を受け取った。

傍から見れば滑稽な姿も、血の臭いに負けない為の予防策。吸血の衝動で狂いたい者などいない。

姿の見えない敵を睨み、誰よりも真剣に夜明けまでの時間を緊張しながら過ごした。

そして夜襲もなく無事に夜が明け、三名はすぐ奥に戻ったが、二名はそのまましばらく日の出を眺めた。

「体中が焼けるように痛いな。痛くて……生きてるんだよな、俺達」

「ああ。日の出を見るなんて正気の沙汰じゃねぇけど……痛いの吹っ飛んじまうくらい、最高の気分だ」

「……頑張ろうな」

やがて流石に目も痛み、奥へと寝に戻ったが。出動初日の様子を平助から報告された山南は、満足げに頷いた。



千恵は斎藤の腕の中で、体温を分け合うように寄り添いながら、気になって尋ねた。

「この戦、勝てそうなんですか?」

「幕軍は一万五千、対する西軍は五千だ。数では勝っている。接近戦なら間違いなくこちらが有利だろう。

 だが薩摩には英吉利がついている。銃火器の数次第では危ういかもしれん」

「銃火器? こちらにもあるんでしょう?」

「あるにはあるが、専門の部隊を育てていない。それに、銃は少しずつ購入したらしく、形式がバラバラだ。

 新選組では調練してきたが……実戦で使用した事がないし、狙撃隊の命中率も低い」

壬生寺の空き地を借りて行ってきた西洋式調練は、成果が出ている、とは言い難かった。

武術を重んじる新選組の隊士の間で、銃火器を扱うのは卑怯、という風潮もあったし、それぞれ隊務も忙しい。

その上、一度に調練出来る人数は限られる。皆銃の扱い方を一通り覚えはしたが、腕前というにはお粗末だった。

「だが、俺達には刀の腕がある。斬り合いに持ち込めば、負けることはなかろう」

斎藤は半ば自分に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を選んだ。

刀なら、負けない。それだけは確かだ。それだけ血を浴びてきたのだから。

「欲が湧いた。……いいか?」

突然片肘をついて身を起こすと、千恵の腰紐の下から内腿へと手を滑らせた。

戦を前にした興奮が、雄の本能を掻き立てる。

急時に備えて着衣のまま、ただ欲望に従った。女の熱さに身を震わすと、生を実感した。

子が欲しい。こんな状況下でそんな事を思うのはおかしいのだが。

斎藤は一心不乱に千恵の最奥を求めた。




緊張の解けないまま、元日と二日は慌しく過ぎ。

流石に三が日はないか、と誰もが考え始めた三日の夕方。

遠くに銃声が響いた。……戊辰戦争の始まりだった。






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