114 狙撃

新選組が伏見に布陣した翌々日。近藤は馬で京の市中に戻り、合議に参加した。

だがそれを遠巻きに見て、ギリッと歯を食い縛る三人の男が居た事には気付かなかった。

近藤を睨みつけ歯噛みする男達は――御陵衛士の残党だった。

薩摩藩邸に身を寄せていた彼らは、すぐさま取って返すと、銃を片手に伏見街道で近藤らを待ち伏せた。

やがて伏見に帰陣する近藤が通りかかる。馬が駆け出せばお終いだ。機会は一度。

弾を込めて草陰に身を伏せ、馬上の近藤に狙いを定めた。  三、二、一、今だ!

銃声が響き渡り、近藤は馬の鬣に身を伏した。右肩の激痛、そして出血。……狙撃かっっ!!

気丈にも落馬せずに堪えた近藤を見て、同行していた島田は自分の馬を横に並べた。

「局長、奉行所まで堪えて下さいっ! このまま走り抜けます!!」

手を伸ばして近藤の馬の手綱を掴むと、島田は馬の腹を蹴った。途端に駆け出す二頭の馬。

歩いて同行していた隊士と馬丁を置き去りにするのは、断腸の思いだった。

だが、何よりも最優先すべきは局長の命。島田は、巧みに綱を操って二頭を並走させたまま街道を駆け抜けた。

近藤は揺れる度に襲う激痛を、脂汗を垂らしながら耐えて、奉行所まで懸命に馬にしがみついた。

そして、門をくぐり馬から下りて玄関に辿り着いた所で……とうとう崩れ落ちた。


「局長っ!!」

「近藤さんっっ!!」

駆け寄る隊士達。玄関で出迎えた尾形はそのまま馬に飛び乗り、医者を呼びに行った。

担ぎ込まれた近藤の姿に、隊士達がざわめき、怒り、皆立ち上がった。

大股で奥から出てきた土方も、眉間に皺を寄せ眼光鋭く怒声を放った。

「新八っ、二番組連れて今すぐ街道に追討に行け!! 見つけたらその場で殺せ!!」

怒りのあまりドカッと蹴った壁は、足の形のままに穴が開き、壁土がパラパラと床に落ちた。

やがて尾形が医師を連れてくると、その場で肩から銃弾が抜き取られ、赤く熱したコテで傷口が焼かれた。

「グゥッッ!!」

目を大きく見開き、くわえた手拭いを噛み締めても漏れる呻き声。身を焼く嫌な臭いが鼻についた。

その様子を見た土方の怒りは更に増し、手に持つ刀の鞘は畳に深くめり込んだ。

ようやく治療が終わると……近藤は気力を使い果たし、気を失った。


「近藤さんが撃たれたって本当ですか!? なんでっ! なんで護衛を増やさなかったんだ!!」

病身を押して寝室から出てきた沖田は、土方に詰め寄った。自分が動けたら! 同行出来たのにっ!!

起き上がって歩くだけで息が上がるほど、体は辛かった。けれど今はそれすら心地いい。

近藤さんの痛みに比べたらこんなの何ともない。なんで……近藤さんがっ!

どうして僕はっ……。側に居るのに守れないんじゃ意味ないじゃないかっ!!

怒りと痛みをぶつけるように土方の胸を叩いた。悔しくて、ただ悔しくて。そして……悲しくて。

次第に腕から力が抜け、畳に膝をついた。突然、胸から嘔気が込み上げる。

まずい、血がっ!!

咄嗟に口元を押さえたが、咳と嘔気と共に、口に血の味が広がった。

沖田は込み上げる咳で口端から零れた血を、袖で押さえた。だがその姿に、土方は目を見張った。

悪くなって尚、明るさと口の悪さはそのままで。誰もがなんとなく、今は悪化しててもまた良くなるような気がしていた。

けれど今、もうそれがただの思い込みだったと明かされた。沖田は労咳の……末期だった。

「沖田さん! 手拭いを使って下さい」

千鶴が駆け寄って手拭いを差し出したが、沖田はそれを払い落とすと畳に座ったまま泣きそうな声で言った。

「いら、ない。もう、病気も……こんな……体も、要らない。……近藤さんを守、れない……体なんてっ!!」

見下ろすと目に付く、痩せて細くなった腕。鍛えて鍛えて、ひたすら貫いた剣士としての道は、プツリと途絶えた。

他に僕に何がある? このまま生きて何の意味がある?

沖田の声に出さない悲鳴と絶望が、部屋の空気を震わせた。

音のない慟哭は……近藤の意識が回復するまで、居合わせた皆の耳に木霊した。



街道に着いた新八達が見つけたのは、隊士と馬丁の遺体だけだった。

近藤と沖田は、日の出と共に大坂へ搬送された。大坂城には、医師の松本がいる。

彼の腕と人柄に局長と一番組組長を託した新選組の面々は、沈痛な面持ちで出立を見送った。

土方は踵を返して奉行所に戻ると、私室の畳にドカッと腰を下ろした。

……千鶴に血の効用を教えてなくてよかった。きっと与えたに違いねぇ。

本当は土方だって、近藤と沖田に千鶴の血を飲ませてやりたかった。

砕けた骨が治るかは分からないが、傷は塞がるし痛みもなくなる。

労咳が治るとは思えないが、少なくとも体力は回復するだろう。

だが、それでも。守り抜くべき者に刃を当て、その血を得ようとするのは筋違いだ。

貫くべき志しから、求める道から外れる。きっと近藤も許さなかっただろうし、沖田も断っただろう。

どんなに人を斬ろうが、譲れない武士としての意地がある。千鶴と恋仲、という事を抜きにして、女は……女だ。

武士が武士である以上、自分達が男である以上、女子供は守り抜く。

……ふっ、そんな当たり前の事を何度もてめぇに確認しなくちゃ気が済まないほど、ぐらついてるって事か。

近藤の肩の傷口から溢れた血。沖田の喀血と痩せた体。

土方の覚悟を試すかのように、何度も何度も脳裏に浮かんでは消えた。

何度も……何度も。




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