111 再見

「要するに、月宮と千鶴の血は副作用のない変若水になるって事か。おい、耳まで赤くすんな。

 こっちが小っ恥ずかしくなるだろ。偶然血を飲むなんてそうないだろうが、俺も気をつけるとするか」

土方は、鬼になった経緯を話す斎藤を見て、苦笑した。

夫婦なんだから深い口付けなんて当たり前だろうに……いや、普通は上司に報告しねぇな。

斎藤が鬼になったと聞いて最初は驚いたが、里が滅亡したいきさつを知っている。土方は、事実を受け入れた。

もし当時、鬼の捕獲が成功していれば、今頃大変な事態になっていただろう。彼らの犠牲は無駄ではなかった。

「この件、お前の言う通り話がでか過ぎる。ここだけに留める。それと千鶴にも話すな。

 あいつの性格だ、何だかんだ言ってきっと我慢出来ずに与えちまう。優しすぎんだよ、鬼の癖に」

「分かりました、千恵にそう伝えます。ですが副長、万一の時は覚悟を決めて下さい。

 副長を欠けば新選組は瓦解する。それにもし雪村を今後も同行させるなら、守り抜く者が必要です」

「分かってる。そのつもりもねぇのに手も出せねぇ女と恋仲になるかよ。……最後まで面倒見る」

こんな事は相手が斎藤でなければ言わなかっただろう。総司や他の連中が聞いたら、とんでもない事になる。

「副長は……いえ、何でもありません」

「ああ、まだだ。お前が驚くことねぇだろ? 祝言まで待ってたじゃねぇか」

本当はたまにぐらつきそうになる、なんて言えない。言えるわけもない。

尊敬の眼差しを向ける斎藤に、顔だけは大人の余裕を見せながら、土方はやせ我慢という言葉を噛み締めた。

さんざ遊んできた癖に、千鶴相手には、案外真面目に最初の約束を守っている土方。

千鶴は清いまんま、ちょっとだけ大人になる練習中だった。



二条城での警護で水戸藩と揉めた新選組は、若年寄の永井の取り成しで伏見奉行所に布陣する事になった。

夏に建てられた屯所は半年で役目を終え、千恵は僅か十日しか使わなかった夫婦部屋を丁寧に掃除した。

そして出立前夜。夕餉も済み荷造りも終わった頃に、来客があった。千姫だった。


「私、風間に同行して江戸に行く事にしたの。本当は心配だから、二人にも来てって言いたいんだけど。

 はぁ、分かってる、無理なんでしょ? 天霧は京に残るから、何かあれば頼って大丈夫よ。

 まだ薩摩側にいるけど、彼は戦闘には決して手出ししないから安心して。

 クスクス、千恵ったら天霧の前で、斎藤さんと大胆な事したらしいじゃない? ぼやいてたわよ?」

千姫は、変若水と羅刹について風間から聞いていたが、その事には触れなかった。他言無用という約束がある。

それに、天霧が残るから大丈夫だろう。彼は薩摩の情報収集係だが、同時に新選組の動向も見守っていた。

「あっ、あの時はそのぅ……久し振りに会えたから、ね? ハハハ、ごめんなさいって伝えて」

「了解! それと千鶴ちゃん、江戸に着いたら情報収集のついでに鋼道さんも探しておくわね。

 こちらで網にかからないって事は、恐らくもう京を離れてるんだと思うの」

「本当に!? 有難う! 会えなくても、せめて元気かどうか知りたいの。もし会えたら幸せだって伝えてくれる?」

「クスクス、相変わらず欲が無いんだから! お互いもっともっと幸せになりましょう!

 千恵も千鶴ちゃんも無理はしないでね。何かあったら里や私達を頼って。友達でしょ?」

敢えて同胞でしょ、とは言わなかった。もうその枠を超えた絆があると信じているから。

江戸で人として育てられた千鶴と、京で鬼の頭領となった千姫と、時代を越えて来た千恵。

ここで三人が出会い、四年かけて築いたのは、同胞としての結束じゃなくて友達としての絆。

幸せになろうねって言い合った日を懐かしく思い出しながら、千姫は瞳を潤ませた。

「うん、ホントだね。祝言の日取りが決まったら教えてね? 絶対に駆けつけるから!

 戦、本当に始まるんだね。ハァ、私が知ってる未来と同じになるなら、かなり気合入れないと幸せ掴めないなぁ。

 でも頑張るから。頑張ってはじめさんについてく! 遠くで祈ってて。また会おう?」

「千恵ってホント前向きよね。クスッ、でも千恵が言うと本当に再会の為のお別れって感じがしていいかも。」

この時代。戦乱で離れて再会するのは、とても難しい。一度見失えばそれきり、という事も有り得る。

なのに、あっさりとまた会おうと言える千恵の、心の強さが羨ましかった。

千姫は逞しい友人に励まされて元気を貰い、ちょっと気分が浮上した。永遠の別れじゃないなら、涙は要らない。


その時、客間に斎藤が顔を出した。千恵に向かって声を掛ける。

「千姫に俺の事を伝えておいてくれ。人に知れてはまずいが、鬼には言っておかねばならんだろう。俺から話すべきか?」

「いえ、私から話します。千鶴ちゃん、はじめさんと少しだけ外で待っててくれない?」

「うん、分かった。終わったら声を掛けてね」

千鶴が頷いて斎藤と退室すると、千恵は千姫に向き合った。気付いたかな?

上目遣いで恐る恐る千姫を見ると、片眉を上げて軽く睨んでいる。といっても、可愛くて全然迫力はないが。

「千恵〜、説明してくれる? なんで斎藤さんが鬼になっちゃってるわけ? コラ、笑ってないで白状しなさい!」

「クスクス、ごめんごめん。だってまさか私もはじめさんも、こんな事になるなんて思ってなかったんだもん。

 ちょっとね、わざとじゃないんだけど……彼の口に私の血が入っちゃったの。二回かな?

 そしたら……ハハハ、なんか鬼になっちゃったみたい、はじめさん。やっぱり……まずいわよね?」

「はぁ、そんな話聞いた事ないわよ? まったく! 斎藤さんは頭領だから、鬼になったならこちらは願ったり叶ったりだけど。

 ……本当に効果あったのね、飲んだら変わっちゃうんだ。これは風間に相談しないと。

 千恵、この話を知ってるのは誰と誰? まだ外には漏れてないわね? ちょっと危険が大き過ぎるわ!」

真剣になった千姫は、土方と同様の反応をした。これが世間に知れれば、間違いなく鬼は狩られる。

戦の最中に伝わればとんでもない事になる。誰だってきっと、鬼になりたがるだろうから。

「その点は大丈夫。私とはじめさんと土方さんだけの秘密にしてるわ。ああ、土方さんは飲んでないわよ?

 それと、千鶴ちゃんにはまだ内緒なの。優しいから……与えてしまうかもって。

 ちょ、ちょっと待って!? お千、今はじめさんが頭領って言わなかった? それ、どういう事??」

「あ、ばらしちゃった。はぁ、ごめんね、黙ってて。だって千恵と結婚したのよ? 夫が頭領になるのは当然でしょ?

 鬼の間じゃか〜なり揉めたんだから。だって、人間が頭領になるなんて、前代未聞だもの。

 でもまぁ、これで反発も無くなるわね。フフフ、よかったじゃない! ちょっと反則だけど、同胞になれたんだし!」

よかったじゃない、って……なんか複雑。そっか、自分の役目はあまり意識した事なかったけど、頭領、かぁ。

そう言えば、父は年4、5回、会合があるとか言って出かけてたっけ。……お父さんも頭領だったもんね。

もう随分長い事思い浮かべなかった亡き父。どんな事をしていたか聞かないまま他界してしまったけど。

たまに同胞からの電話を取り次いだ事もあったし、それなりに責任を持って取り組んでたんだろう。

じゃあはじめさんも、色々そっちの仕事をしなくちゃいけないのかな? 今は新選組だけで手一杯だよね?

千恵は少し考え込んだが、現状で鬼の方の何か役割を担うのは難しいと感じた。戦が終われば違うだろうが。

「ごめんなさい、気付かなくって。今はまだ無理だけど、落ち着いたらこの時代の頭領の役割も教えてね?

 そういう事なら、夫婦できちんと学んで協力したいから。でも、今は無理。風間さんにも伝えといてくれる?」

「ええ、鬼の側の事は私達に任せといて。千恵達は生き抜いてくれさえすれば、それだけで充分。

 きっと何もかも終わったら、言われなくても風間が斎藤さんのとこに行くと思うの。

 クスクス、薩摩への対応だけで忙しいのに、頭領の仕事も沢山あって、むくれてるの。

 終わったら色々押し付けてやる! って、有能そうな斎藤さんを狙ってるわ。楽しみにしてて!」

……ハハハ、ごめんなさい、はじめさん。一緒に頑張ろうね?

千恵は忙しくなりそうな未来を思い、山ほど仕事をくれる風間が想像出来て、苦笑いした。


襖を開けて斎藤と千鶴を中に入れると、千姫と最後の挨拶を交わす。

元気でね。無事で、生きて……必ずまた会おうね。

再会を約束した千姫は、屯所を出ると小さく溜息をついた。新選組はもうじき……。

それでもきっと、彼らなら生き残る。千恵と千鶴が信じた「新選組」だから。

「必ず会いましょう」

小さく呟いた千姫は、通りの角から姿を現した風間に駆け寄った。

歩む道は違っても、愛する人と共に居たい気持ちは一緒。


二人は開戦を待つ京を離れ、江戸に向けて旅立った。





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