107 復帰

腰が抜けている私をおぶって連れ帰ってくれたのは、はじめさんだった。

あちこちの建物から怖いもの見たさに顔を出していた人は、私達を見てどう思っただろう?

温かい背中に身を預けながら、私はクスクス笑った。

「私、血だらけですよ?」

「ああ、俺もな」

「変な夫婦ですよね、注目されてますよ?」

「構わん、俺とお前がいいならそれでいい」

一度は私を叱ったはじめさんも、梅戸さんが戸板で運ばれていくのを見た後は、とても優しかった。

背中に私を抱えたまま、はじめさんはその理由を話してくれた。

「互いに刀を抜いて乱闘が始まった時、三浦さんを逃がす為に少し気が逸れた。

 敵の刀が頬を掠めて……危うかった。梅戸がいなかったら、死んでたやもしれん。

 あいつが敵に組み付いた隙に難を逃れたが、代わりにあの怪我を負わせてしまった。

 すぐ助けたかったが、三浦を屋根に逃す方が先決だった。それが俺の任務だからな。

 もし無事なら、お前が看護してやってくれないか? 俺の代わりに」

梅戸さんがはじめさんの命の恩人。それを聞いて、ますます安否が気になった。

「勿論です! ……助かってくれるといいな」

「ああ、俺も今一番それを願っている」



やがて着いた屯所では。血まみれの私を見て千鶴ちゃんが泣き、背中から降りて大慌てで誤解を解いた。

遅くに戻って来た土方さんからは、三浦さんが無事保護された報告と共に、最大級の雷が落ちた。

でもそれはもちろん心配からで、最後にひと言「だが助かった。」と付け加えてくれた。

翌日には梅戸さんの無事が分かり、朝の広間で拍手を貰った。ついでに、もっと大きなご褒美も。



「月宮、梅戸の救助に免じて今回の事は大目に見てやる。だがもう勝手な真似はするんじゃねぇぞ?

 それから……お前を負ぶう斎藤の姿に、近藤さんがいたく感激しちまってな。

 はぁ……ったく、斎藤! 月宮!今日から同室だ。部屋を移動しろ。

 何ボウッとしてやがる? 護衛は終了だ。ククッ、よく待ったな、斎藤を返してやる」

………………へ?

今……なんて? ……ええっ!?

「ほ、本当ですか? 本当にホント? 嘘っ、やだ、どうしよう! 千鶴ちゃん、手が震えてきちゃった!

 はじめさん、私、土方さんの気が変わらないうちに荷造りしてきますっ! 千鶴ちゃん、ごめんね? いい?」

「クスクス、よかったね、千恵ちゃん! いいに決まってるじゃない!」

前言撤回なんてされたら大変! と大急ぎで広間を出た私の後ろから、皆の笑い声が聞こえた。

いいもん、だって嬉しいんだもん。

行李にポイポイ私物を放り込んで蓋を閉めた所で、気配を感じて振り向いたら、はじめさんが苦笑していた。

「まさか飛び出して行くとはな。新しい部屋の場所は知ってるか? 配属はどうなるか聞いたか?」

「…………知らない、です。聞いてません」

ああ、やっちゃった。シュンとした私の頭を撫でて、はじめさんは隣にしゃがみ込む。

「また二間の部屋を貰えた。お前は三番組組長付き小姓に復帰……俺の部下だ。監察方の方がよかったか?」

悪戯っぽく笑う目が、嫌じゃないだろう? と聞いていた。うん、嫌じゃない。嫌なわけない。

「白状すると、監察方からお前の様子を聞くたびに、嬉しい反面少し悔しかった。

 お前を取られたような気がしてな。……コラ、笑うな。これでまた全部……俺の物だ」

クスクス笑う私の瞼に、頬に、口付けが落とされる。はじめさんの意外な独占欲がおかしかった。

とっくに全部、はじめさんの物なのに。

やがて口付けは唇に移り、細かく啄ばむように合わせていたけれど、急にはじめさんが身を離した。

どうしたの? と目を開けて小首を傾げると、はじめさんは耳に口を寄せてこっそり内緒話をするように囁いた。

「ククッ、簡単に言うとな、立ってしまった。はぁ、我ながら呆れてる。男は……単純だな」

ポンと瞬間で赤らんだ私の耳にチュッと口付けると、はじめさんは苦笑いしながら行李を抱えて行ってしまった。

…………。ちょっと嬉しい私はもっと単純?

押入れの本を持てるだけ持って後を追うと、第二の夫婦部屋に入った。

今日からここが、私の居場所。

はじめさんの隣りが、私の特等席。


「お帰りなさい、はじめさん」


寂しさと戦い続けた私の勝利宣言だった。





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