106 救命

何度目になるんだろう? 朝に出立を見送り、無事の帰りを待つ日々がまた始まった。

でも、今回警護する三浦さんは新選組と親しい。少なくとも、一緒にいる相手に斬られる心配がない分今までよりマシだ。

はじめさんの甘い抱擁でちょっと緩んでしまった気持ちを引き締め直し、気合を入れて仕事に精を出す事にした。

監察方は今、方々に散っていてほとんど帰って来ない。なので、斬り合いで負傷した隊士の看護に向かう。

幸い怪我が元で亡くなる人は無く、消毒と包帯の交換が主な仕事だった。

腕を斬られた人も、傷が浅くて今後に支障はなさそう。本人はそれを一番喜んでいた。

「斎藤組長、戻って来られたんですよね。いやぁ、出戻りだなんて悪く言う奴もいますがね。

 俺はそうじゃないと見てる。あの人は絶対に信頼を裏切らん人だ。きっと……事情があったんでしょう?」

三番組に属する梅戸さんは、包帯を巻き終わった私を覗き込んでそう言うと、にっこり笑った。

私が話していい事じゃないと分かっているんだろう。言わなくていい、という風に頷いて一人得心していた。

近藤さん達に非難が向かないよう、はじめさんが間諜だった事は秘密にされている。

でも、気付いている人もいるんだと思うと、陰の努力が報われた気がして嬉しかった。

「また一緒に働きたいもんです。三浦様の護衛に行かれるんなら、是非お伴したかった!

 どの道一人じゃ足りんでしょうから、その時は志願します。あんたに治して貰った腕を見せてやらにゃ!

 局長も副長も俺らには恐れ多過ぎて、組長が一番身近な目標なんですよ。刀の腕前ときたら――」

目を輝かせて話し続ける梅戸さんは、平隊士の中では少し年がいっているが頑健で明るい人だ。

治すといっても消毒してしっかり包帯を巻くだけなのに、その度に感謝されてこっちが恐縮してしまう。

でも、隊士さんからはじめさんの事が聞けるのが嬉しくて、私はいつまでも話に耳を傾けていた。



十一月の下旬。土佐藩からの申し入れで、幕府若年寄りの永井さんという方が近藤さん達に事情聴取した。

坂本さんと中岡さんを殺害した嫌疑は、まだ晴れていなかった。

けれど全員にアリバイがあったので、近藤さん達はやましさの一片も無く堂々とそれに応じた。

どうしてそんなにうちを犯人にしたがるか……それは永井さんの話によって明らかになった。

現場の遺留品。原田さんの物だと言われた鞘の他に、新選組が贔屓にしてる料理旅館の下駄があったらしい。

下駄なんて誰でも履いて出られるのに、と思うけど、どうにか恨みを晴らしたい人達にとっては重要だった。

そして問題の鞘。これはあの伊東さんが、原田さんの物だと証言したのだった。

自分達が暗殺に失敗しても他の刺客が近藤さんに向かうよう、陰で画策していた事が伺えた。

思惑通り、土佐藩の矛先は三浦さんと新選組に向けられているんだから、やっぱり頭のいい人だったんだろう。

使い方を間違えた才能の、念入りな置き土産に嘆息しながら、私ははじめさんの無事の戻りを祈った。




十二月の初旬、土佐の海援隊と陸援隊で討ち入りの決死隊を募っている、という情報が入った。

慌しく警護の増員が決まり、とりあえず七人ほどが先行して三浦さんのいる天満屋に向かう事になった。

その一行の中には怪我が治ったばかりの梅戸さんも居て、私を見つけると手を振ってくれた。

「いってらっしゃい、ご武運を!」

もう怪我しないで下さいね、と心の中で付け加えて、その背中を見送った。

負傷者の看護は、自分で思っていた以上に有難がられた。

油小路の一件以来毎日続けているお陰か、時折感じた蔑むような視線は、いつの間にか消えていた。

幕臣になって今残っている人達は、動乱の嵐をここで乗り越えようと覚悟を決めた人ばかり。

日増しに結束は固くなり、組全体が一つの大きな家族のような雰囲気になっていってた。

私もその中にいる一人、しかももう四年も一緒にいるかなりの古参で、今や監察方補佐で看護要員。

新入りの若い隊士さんなんかにペコリと頭を下げて挨拶される日常が、妙に照れ臭かった。



「伝令っっ! 天満屋に奇襲あり! 至急応援をっっ!! 相手は倍以上いて武装しています!!

 大至急応援をお願いしますっっ!! 早く来てくれぇっ!!」

駆け込んできた男性が、玄関で怒鳴り声を上げると、近くにいた数名の隊士が血相を変えて駆け出した。

すぐに井上さんや土方さん、隊士さん達がその後を追って走り、屯所の中も外も騒然となった。

私は居ても立ってもいられず、千鶴ちゃんの静止を振り切って天満屋に向かって駆け出した。

「待ってっ! 千恵ちゃんっ!!」

千鶴ちゃんの声は聞こえてたけど、護衛なしだと分かっていたけれど、足が止まらなかった。

目と鼻の先ではじめさんが斬り合っている。誰か怪我をしているかもしれない。安否が気になってどうしようもなかった。

きっと横を通り過ぎた土方さんは驚いている。私の全速力は、先に飛び出した人を追い越して更に加速した。


旅館の前には遠巻きに野次馬の人だかりが出来ていて、私は掻き分けるようにその先に進んだ。

すると丁度、白鉢巻をして血を浴びた男達が天満屋から飛び出して来て、そのままの勢いで走り去って行った。

今のがきっと、土佐の人達。なら、あの血は……。

カッと体が熱くなって、開いたままの玄関から中に入ると……息を切らしたはじめさんが居た。

刀からも腕からもポタポタと滴り落ちる血に、全身が凍りついたみたいに青ざめた。

「千恵っ! 何故ここに来た!? お前の来る場所じゃない、帰れっ!!」

険しい声でそう言い捨てると、はじめさんは私を建屋の外に押し出そうとした。

私を心配してくれてるんだと分かってる。守りたいのも知っている。でも私は、足を踏ん張って外に出まいとした。

「土佐の人達なら隊士さん達が追ってくれます! 今は怪我した人の手当が先でしょう?

 はじめさんが私を心配なように、私もはじめさんと皆が心配なんです。

 後でいくらでも謝りますからっ! ここに居させて下さい!!」

押しくらべは私の勝ちだった。はじめさんは、嘆息して刀を鞘に納めた。その腕は……無傷だった。

「案ずるな、返り血だ。……怒鳴ってすまなかった、救護に手を貸してくれ」



血の臭いが充満して真っ暗な屋内は、池田屋を思い出させる。

手探りで階段を上がっている時、玄関の方に大勢の声と足音が聞こえた。

はじめさんが鯉口を切って構えるのを制し、首を振った。

「たぶん土方さん達です。追討隊と救護隊に分かれると思いますから、人を呼んできて下さい」

「わかった。中二階に重傷者がいるから頼む」

私は頷くと、中二階の奥に進んだ。段々と暗さに目が慣れてきて、隊服を手掛かりに、呻いてる人の側に寄った。

殆どの戦闘が庭で行われたらしく、室内には土佐の人と思われるご遺体と、その怪我人だけだった。

「大丈夫、月宮です。今手当てをしますから。しっかりして下さいね?」

怪我しても尚戦おうと刀を握り締めるその人に、安心させるように声を掛けてよく見ると。

……それはつい先刻手を振って見送った梅戸さんだった。

「月宮君? ハハッ、面目ない……また……あんたの手を借りんといかんなぁ」

掠れる声でそう言った彼は、刀を握り締めたまま失血で気を失い、その場に倒れこんだ。

「梅戸さんっ!」

血を止めなくちゃ。急がないと、私みたいに勝手に傷が塞がる訳じゃない。

私は救護隊が上がって来るのを待たず、懐剣で隊服を裂いて胸元をきつく縛り上げた。

梅戸さんが痛みで微かに呻くのも構わず、頬も肩も、次々に布を当ててしっかりと押さえていく。

池田屋で沖田さんが倒れた時は、晒を貸すぐらいしか出来なかった。禁門では千鶴ちゃんの補佐だけだった。

でも今は。今なら彼を助ける事が出来るばず。ここには私しかいないんだから、やらなきゃ!

懸命に押さえてた傷口から血が止まると、もう一度きつく縛ってようやく身を起こした。

助かるよね? 助けられたよね?

不安で一杯になった丁度その時。階段を上がってくる気配がして、大声を上げて居場所を知らせた。

「こっちです! 梅戸さんが重傷なんです、戸板で急いで医者に運んでくださいっ!!」

「今行く! あんた、月宮か?」

「はい、もう止血はしてますけど、お願い、急いでっ! 縫わないと塞がりません!!」

ドカドカと上がってきた数名の隊士達に梅戸さんを任せると、放心して座り込んだ。

緊張が解けたら腰が抜けてしまって、立ち上がれなかった。

私……ひょっとしたら、生まれて初めて人命救助をした、かも。

暗いから分からないけど、きっと着物は血まみれだろう。まだ心臓がドキドキしてる。

でも清々しい気分だった。まだ本当に助かったか分からないけど、自分に出来る事はやれた。

同じ室内には誰だか分からない亡骸もあるのに。その人の命だって、同じくらい大切なはずなのに。

知っている人の温もりを留めておく事が出来たかもしれない、そう思うだけで泣きそうな位嬉しかった。




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