07 胸中

「そうか、分かった。その件は検討して、追って伝える。あと……薬は山崎から受け取ってそれを飲ませろ」

「分かりました。失礼します」

襖が閉まると土方は盛大に溜息をついた。そろそろ原田辺りが進言してくると思っていたが、斎藤とは意外だったな。

監視の緩和と外出許可。言われなくとも、雪村と違って月宮には最初っから拘束理由がない。

要は、未来から来たと話さなければいいだけだ。それさえも、本当は止める権利などない。

ただ、京の不穏な情勢と長州の動きを見ていると、あの世間知らずがうっかり騙されそうな気がして、篭らせていた。

だが、このふた月見た限りでは、案外言葉を選び空気を読む性格のようだった。

文で呼ばれたから、と訳の分からぬ理由で時を渡ってきたようだから、もっと衝動的な性質かと思ったが。

死んだ親の夢で魘された、か。こちらに来たのは、もう向こうの暮らしに未練がなかったからかもな。

フッ、総司に過保護だって言われるのも無理ねぇな。あいつの頭に詰まった知識を吐かせようともしねぇ。

歴史に疎いと言ったって、幕府と長州の喧嘩の行方くらいは知ってるだろうに。

ま、そんぐらいのちっぽけな矜持は俺にもあるって事か。この先どうなるか、聞かなくたって分かるしな。

異国風の服装。刀を物珍しげに見る目。新選組を武士だったという言葉。

やがて開国を迎え、武士も刀もなくなる未来。そこに向かうには……倒幕が必要だ。

……長州の方に落っこちてりゃよかったのにな。よりによって、幕府側の新選組に来るたぁ運がねぇな。

奇縁に苦笑しつつ、考えを振り払う。どう転ぼうが、俺達は俺達の道を行くだけだ。

まだ来てもない未来に舵取りを左右されるってのは、近藤さんと俺の目指す道から外れる。

「そうだな、こっちも好きにやってんだ。あいつにも好きにさせるか。利用されなきゃいいが――」

あいつを風呂敷に包んで幕府のお偉いさんに献上すれば、結構な軍資金になりそうな気もするが。

「そこまで落ちぶれちゃ、志もくそもねぇ。俺達は……武士なんだろ?」

月宮に問うような、自分に確認するような、独り言。過保護と思われようが、変な奴には渡せないな、と思った。




あれから更に上がった熱で呼吸が乱れ、何度もぬるくなった手拭いが取り替えられるのを感じながらも、

心配そうな千鶴ちゃんを安心させてあげる言葉も出なかった。後でお礼言わなきゃ……。

うつらうつらしながら、斎藤さんの手の感触を思い出した。足りない言葉を補うような、優しい手だった。

斎藤さんにもお礼言わなきゃね。監視中も他の人と違って話もしないし、私が苦手なのかと思っていた。

もっとみんなの事、よく見てよく知っていきたいな。そう思いながらゆっくりと眠気に身を委ねた。

悪い夢は見なかった。



人の気配で目覚めると、心配げに千鶴ちゃんが私を覗き込んでいた。襖の所に斎藤さんもいる。

敷居の一歩手前で立っているところがいかにも彼らしい。女性の部屋だからだろう。

「よかった、斎藤さんが朝餉と薬を持って来てくれたの。起き上がれる?」

「ありがとう。寝たら少しましになったみたい。でもちょっとだけ手を貸して貰っていいかな?

 力が入らなくて……。あの、斎藤さんどうぞ中へ。あ、でも移したら悪いから、そこに置いておいて下さい」

「いや、問題ない。薬は副長からの指示だ、元気になったら礼を言っておけ。食欲はあるか?」

「分からない……でも食べないと薬を飲めませんから。お粥をいただきますね」

千鶴ちゃんに支えてもらい、体を起こす。温かい粥が碗によそわれ、匙を添えて渡された。

「千鶴ちゃん、ありがとうね。病気の時に一人じゃないっていいね」

「お互い様だよ、私も千恵ちゃんに随分支えて貰ってるもの」

「斎藤さんも、有難うございます。昨夜も色々……お陰で悪い夢は見ませんでした」

「そうか、よかったな。……っ! では、失礼する。早く治せ、皆も心配していた」

斎藤さんはなぜか顔を赤くし、足早に部屋を去った。どうしたんだろう? 変な事言ったかな?



斎藤は、明るい日中に夜着で髪を下ろしている彼女を間近に見て、強く女子を意識した。

その途端、昨夜抱き上げた時の感触、温もり、軽さを思い出し……身の置き所をなくした。

病身の女性にそんな事を思うのは、趣味のいい話ではないな、と自嘲する。

童子でも遊女でもない普通の女子。今まで身近になかった存在だけに、距離を測るのが難しかった。



薬が効いたのか、次に目覚めた時には熱が下がって体も楽になっていた。頭痛も消えている。

ホッとすると、今度は汗をかいた夜着を着替えたくなった。体も拭きたい。千鶴ちゃん昼餉かな?

桶の水に、火鉢の上の鉄瓶から熱湯を足し、手拭いを浸した。うん、これでいいや。体を拭こう。

押入れの行李から替えの夜着を取り出すと、腰紐を解いて夜着を肩から滑り落とし、手拭いを絞った。

届きにくい背中を拭こうと両腕を後ろに回した時……ガラリと大きく襖が開いた。

「千恵大丈夫か、昼餉……わりぃ、後でまた持って来るな」

目を見開いて立っていたのは原田さんと斎藤さんだった。慌てることも動転することもなく、襖は閉められたが。

返事をする事も叫ぶ事も出来ず、ポカンとした後、怒涛の勢いで羞恥心が襲ってきた。

みっ……見られた〜〜〜っっ!! 完全に見られた、全部見られた、胸っ、胸見られたぁ〜〜!

足音にも気付かないなんて。その前に、なんで一声掛けてから開けないのよっ、原田さんの馬鹿ぁ!

ちょっと涙目になりながら、熱くなった頬を押さえる。また熱が上がりそうだよ、もうっ。

……忘れよう。うん、忘れるんだ。

言い聞かせて素早く体を拭き終え、今度はきっちり襟元を詰めて夜着を着込んだ。

千鶴ちゃんが運んできた昼餉には、「すまん。悪かった」と書いた紙と林檎が載せられていた。



「左之、忘れろ」

「いや、目に焼きついてるだろ? 無理だ。あれは晒がキツイだろうな。綺麗だったな……白くて柔らかそうだ」

「言うな、月宮に失礼だ」

「なんだ、綺麗だと思わなかったか? 斎藤は忘れたのかよ?」

「……努力しているところだ。確かに美しかったが」

「「ハァ〜」」

二人同時に溜息をついた。忘れられる訳が無い。白い肌、ふくよかな膨らみ、くびれた腰。

眩いほど美しく、普段の袴姿とはかけ離れた、成熟しつつある若い女性の裸体だった。

「左之、急いで林檎を買ってこい。お前の金で」

「ああ、そうする。詫びは紙に書こう。直接言うと余計に恥ずかしい思いさせちまう」

後日、快癒した千恵はただ一言、林檎ご馳走様でした、とだけ言ってあとは平常通りだった。

だが、内心は三人とも、自分の動悸を抑えるのに必死だったのは言うまでもない。



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