05 微変
一月中旬、土方さんと山南さんが大坂より帰京した。土方さんは皆に混じって食事する私達を見て、溜息を付いた。
「……」
「「……?」」
泳がせて目的を探れってのは、部屋から出して一緒に飯食えって意味じゃねぇぞ、ったく。
「飯だけだぞ。食ったら部屋に戻れ」
「「はい!」」
二人に子犬みたいな目で見られたら許可するしかなかった。自分の甘さに内心苦笑しながら、膳の前に座った。
「土方君、道中は色々と骨折ってくれてありがとうございました。少々疲れが溜まってるようです。
食事は永倉君にあげて下さい、私は自室で休みます。では失礼」
青い顔をして山南さんが退室した後、その戸口を見つめたまま顔を歪めた。山南さん……。
数軒の医者を回り手は尽くしたが。伸びきったままの手はピクリとも動かなかった。
恐らく傷が癒えても、もう手は動かないだろう。道場から共に歩んできた同志の苦難に、言葉が無かった。
だが、それは山南さん自身が立ち向かう問題だ、俺達は待つしかねぇ……立ち直ってくれりゃいいが。
膳の飯を平らげながら、心配そうな一同の顔に苦笑する。皆も心配してんだ、頑張ってくれよ、山南さん。
洗い物を手伝っていいと許可が出たので、お勝手に運ばれてくるお膳を二人でお喋りしながら洗う。
それを沖田さんは、手伝うでもなくただ眺めていた。監視って退屈だろうな〜、気の毒に。
監視されてる自分達の方が本当は気の毒なんだろうけど、千鶴ちゃんと二人だし最初よりは目線も優しいので平気だった。
「……慣れって恐ろしい」
「千恵ちゃん何か言った?」
「ん、ちょっと不思議だなと思って。ほんのひと月前まで、お湯もお水も手元で出せる便利な物に頼ってたのに。
今じゃ当たり前みたいに井戸で水汲んでるんだもん。それに、人の目線にも慣れたし」
「目線?」
「親は仕事で留守がちだったし、亡くなってからは一人だったから、普段家に居て誰かの目線を感じる事ってなかったの。
それなのに、今はこんなに沢山の人達と暮らしてるでしょ? 面白いなぁと思って」
「分かるな、私も父様と二人きりだったし、お仕事で留守も多かったから。楽しいよね、賑やかで」
「うん、本当に安心する。夜もぐっすり眠れるし。前は夜中に物音を聞くとすぐ起きてたの。怖くて」
「アハハ、皆が恐れる壬生浪の巣窟で熟睡するなんて、本当に暢気だね。
物音で目が覚めないんじゃ、敵襲でバッサリだ。……ここが平和な所だと思ってるの?」
「まったく沖田さんったら。平和とは言ってませんよ? 安心って言ったんです。安全だから安心なんです。
だってちゃんと守ってくれてるじゃないですか。刀は斬る道具じゃなく、大事な物を守る道具です。
私達が新選組預かりの身で、あなた達は刀を差している。つまり、皆で私達を守ってくれている。でしょ?
壬生浪の巣だからこそ、安全なんです。強い人達のそばなら、安心でぐっすり、です。フフフ」
総司は感心した。脅すつもりで言ったのに、サラリと返された。斬る道具じゃなく守る道具、か。
確かに、人は自分を戦闘狂と言うが、それが新選組の、ひいては近藤さんの為になると思うからこそだ。
近藤さんの役に立ち、近藤さんの夢を守る為に、人を斬る。まぁ、ちょっと高揚感があるのは否めないが。
一応筋の通った言い分だ。僕の刀の守るモノにこの子達が入っているかどうかは、微妙だが。
よろしく頼むと近藤さんが言った以上、一応は入ってる事になるのかな? まったく、面倒な事だ。
でも……そう嫌でもないか、なんでだろ?
冷たい水で手を赤くしながら食器を洗う様子は、紛れもなく女の子だ。たくし上げた袖から伸びる細く白い腕。
首も足も細く、顔も背も小さい。声も高く、袴姿で男装して意味がないくらい、どう見ても女の子。
周りに男しかいない生活が長く、女性と言えば白粉たっぷりの芸子という沖田は、物珍しげに二人を眺めた。
壬生浪の側が安心だと笑う、肝の据わった千恵が普通の娘とは思えないが。
女の子を守るのもたまには悪くないな。そう思った。
「総司ぃ、土方さんがお前探してたぞ? また何かやったのかよ。あれ、千鶴と千恵もいたんだな。
お前ら洗いもんやってくれてんの? ありがとな、水が冷てぇのに。終わったら戸棚の菓子食おうぜ!」
総司は顔をしかめて副長室に向かい、平助はお勝手の戸棚をゴソゴソ探り始めた。
「あったあった、大坂土産! これ食っていいんだってよ。新八つぁんに全部食われちまう前に取っとかなきゃな」
「私達も食べていいの? じゃあお茶入れよう。千鶴ちゃん、部屋の茶瓶持って来るね」
千恵が茶瓶を取りに向かうと、お勝手には千鶴と平助の二人きり。平助はなんだか落ち着かなかった。
千恵と千鶴は、雰囲気は似てるが実際は大分違う。千恵は利発ではっきり意見を口にするし、顔は美人だ。
千鶴は、同じく意見は言うが少し控えめで、顔は可愛らしい。守ってあげたくなる感じだ。
なのに、一見大人しそうでいて、江戸から歩いて父親を探しに来るくらい行動力もある。
ちょっといいよな。……何がいいのかはっきりしないが、もっと知りたい気がする。
アレを見て捕まった当初は、運が悪いな気の毒に、ぐらいにしか思っていなかったのに。
親の安否を気遣いながらも手伝えることは手伝おうと動く千鶴を、ちょっと応援したくなったのだ。
本当は幹部の人数分しかない土産の菓子。左之さんとはじめ君が千鶴達に譲ってくれたのだ。
自分も譲ると言ったら一笑に付されたのは癪だったが、一緒に食べる役得が貰えて内心嬉しかった。
千恵が持って来た茶瓶に千鶴がお湯を入れ、部屋に向かう二人の後ろに付いて行きながら。
屯所に女の子がいるのってやっぱりいいよな、と思う平助だった。
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