76 再会

千鶴はお銚子を持って父綱道の横に座ると、差し出された杯にお酒を注いだ。手が震えるのを袖で隠す。

「初めまして。あの、あまりに父に似ているので驚きました。……里はどちらですか?」

「私かい? 江戸だよ。娘はいないが、君みたいな子が居たら大事にしたろうね。こんな所は似合わない。

 ……すまん、用を足したいんだが、厠に案内してくれんかね? 広いから迷いそうだ」

「!! 分かりました、お連れしますので、どうぞこちらに」


綱道は千鶴を連れて部屋を出ると、廊下の端で振り返った。人がいないか確認すると、その胸に千鶴が縋りつく。

「父様! 父様でしょ!? 一体今までどこにっ!! 今どこに? 何故ここに? どうして連絡を下さらなかったの!?」

小声で訴える娘の切実な想い。溢れる涙と震える体。

抱き締めたい。このまま連れ帰りたい、そう思いながら堪えるようにグッと拳を握り締める。

「何故ここに居るんだっ! 松本先生には会わなかったのかい? ……ふぅ、綺麗になったね、千鶴」

……千鶴を千鶴と認める言葉。そう、綱道は勿論一目見た時に分かっていたのだ。

大切に育て、後ろ髪引かれながら置いてきた娘を忘れる訳がない。

千鶴を見つめる眼差しには溢れんばかりの愛情と、そして心配からの苛立ちが混ざっていた。

島原での思わぬ再会。何かあれば松本良順先生を訪ねるよう言っておいたはずなのに。何故こんな場所に!?

「父様の目撃情報を聞いて、今日はお願いして連れて来て貰ったんです。

 今は新選組でお世話になっていて、皆さんも父様を探してくれています。

 私と父様を決して悪いようにはしません。父様も新選組に来て下さい。私と一緒に帰りましょうっ!」

「新選組!? 千鶴、よく聞きなさい。私も情報を得る為に潜入している。今は……まだ帰れないんだよ。

 大事な人を探しているんだ、どうか分かっておくれ。この会合は屯所の襲撃を企てる集まりだから、早く知らせておやり。

 私は……彼女を見つけて保護したら、必ず迎えに行く。それまでどうか無事で!

 ……もし私が来なければ、その時は好いた人と幸せにおなり。必ずだ。必ず幸せになるんだ、分かったね?」

「そんなっ!! 父様!!」

聞きたい事が山ほどあった。でもまず抱き締められたかった。目の前の人が父だと実感したかった。

なのに。無情にも時間は足りず、綱道は千鶴と体を離すと、まるで今戻った風を装って、座敷から出てきた人に目をやった。

「助かったよ、君に駄賃だ。ほら、行きなさい」

綱道が千鶴を階段の方に向かわせると、男は彼に何か耳打ちし、裏口に降りる階段の方へ連れ立ち、駆け下りて行った。

千鶴は手に押し付けられた物を握り締めた。それは、駄賃というには多額すぎる金子と……お守り袋だった。

父様、父様っっ!!!

走って追いかけて抱き締めて、捕まえて引き戻したい。けれど、潜入という言葉に足が縫い止められた。

父が何か使命を負って、大事な誰かを探しているのなら、それを邪魔するわけにはいかない。

変若水と密命の研究を捨て、自分を置いて失踪したのだから、きっと余程深い事情があるに違いない。

そう思うと、再び失った温もりを追うより、大事な情報を伝える方が先だと決心した。

裏口に向かった父の行方を気にしながら、千鶴は階下の平助に今聞いた話を伝えに行った。


「屯所襲撃!? 千鶴、ちょっと待ってろ! 表の二人を呼んでくっから!!」

慌てて外に飛び出す平助の後ろ姿を見て、千鶴は戻るべきか離れるべきか迷った。千恵ちゃん大丈夫かな?

置いてきた千恵は、屯所を襲撃するような不逞浪士に酌をしているのだ。そう思うと戻った方がいいに決まっている。

でも、斎藤さんも居るし、原田さん達を連れて平助君が戻ったら、私は立ち回りの邪魔になるかも。

千鶴は動きにくい着物を見て溜息を付くと、階段を駆け上がっていく彼らの邪魔にならないよう、玄関を出る事にした。

重ねた着物の暑さと、父との再会で興奮した体を冷ますように、夜風に当たろうと表へ出ると、意外な人に会った。


「……土方……さん?」

「誰だ? ……っ!? ……雪村か? ……はぁ、ったく何で護衛なしでこんな所にいやがる?

 今から捕り物が始まるんだ、危ねぇからこっから離れろ。っと! 大丈夫か?」

土方の姿を見てホッとした。それでつい、嬉しくて駆け寄ろうとした……のがいけなかった。

いつもと違い、裾の纏わりつく着物、足元は慣れない高下駄。カクンと高下駄が傾げて足首を捻ってしまった。

バランスを崩して転びそうになる所を土方が支えたが、千鶴は足首に走った痛みに思わず顔を顰めた。

「馬鹿、袴じゃねぇんだから走れるわけねぇだろうが。歩けそうか?」

乱暴な言葉遣いと裏腹の優しい眼差し。千鶴は恥ずかしくなって首を横に振った。どうしよう、土方さんも動きたいのに。

捕り物が始まるのに自分が足止めしてしまっている。そう思うと、情けなくて涙が出そうになった。

するとちょうど向かいの店の者が、こちらを見ていて声を掛けてきた。

「お兄さん、女の連れ出しにゃ許可が要るぜ! 分かってんのかい? 勝手に売り物を連れ出しちゃ困るんだよ!」

どうやら馴染みの男と女が勝手に抜け出そうとしている、そう受け取られたらしい。

土方は、ムッとすると手を貸していた千鶴を腕の中に抱え込み、つい啖呵を切ってしまった。

「うるせぇ! つまんねぇ難癖つけんな! 新選組の副長が女をこっそり連れ出すような真似するわきゃねぇだろっ!!」

そう言い放ってスッキリした所で……二階で千恵の警護をしているはずの斎藤と目が合った。

腕の中には、千鶴を抱き込んでいる。疚しい事は何もしていないのに、真面目な部下の真面目な目線に、気恥ずかしくなった。

土方は、総司と平助を帰したことや、原田が二階に向かった事を告げ、指示を出して斎藤を戻らせた。

千鶴はというと……真っ赤になっていた。足は痛いし、土方と恋仲と勘違いされ、抱き合う姿を斎藤に見られた。

どうしよう、邪魔ばっかりしてる。

そんな思いで俯く千鶴に、土方は支える腕を緩めず声を掛けた。

「歩けねぇんだろ? ちょっと力抜け。恥ずかしがって暴れんなよ? 今度は人攫いと間違えられちまう」

そう言うやいなや、千鶴を横抱きにして持ち上げ、店の中へ堂々と入って行った。

「ひ、土方さん!?」

「お前なぁ……名前で呼んだら皆に後で噂されるだろうが。はぁ、絶対尾ひれがつくぞ、覚えとけよ?」

その言葉通り。新選組の副長さんだってさ、土方さんが抱えてる子は誰だい、という声が聞こえてきて。

せめて顔を見られないようにしようと肩口に千鶴が顔を埋めたことで、余計に皆の想像力が掻き立てられた。





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