04 秘密

大丈夫、怖がらないで。その言葉を信じて、それまでの暮らしを捨てて時代を越えてしまった。

呼んでる人がいるなら大丈夫なんだろうと、勝手に高を括って、やってきた場所は新選組だった。

一応、不審に思いながらも、身の振り方が決まるまでの衣食住を与えてくれたが、部屋からは出られない。

なら、いつまでもここで好意に甘えて暮らすわけにもいかないだろう。私は真剣に、今後を考えていた。

友達の親戚がやってる海の家で夏休みだけバイトした事はあるが、わりとうまくやれてたと思う。

必要なのは求人情報と……こっちの道具の使い方を覚えること、かな。うん、絶対必要。

働くより、まず暮らし方を覚える方が先だろう。初日に井戸で水を汲んだ時には、水道が恋しくなったっけ。

「ねぇ、千鶴ちゃん。水汲みと洗濯は分かったから、他も教えてくれない? 炊事とか、勝手が分からないから」

「うん、勿論! お料理してたんなら、道具の違いなんてすぐ慣れるよ。一緒にやるの楽しみだな」

「私も楽しみ! 材料があるか分からないけど、お菓子も作れるよ? 後は……働き口ってどうやって探すのかな?」

「普通は誰かの口利きで働くものだから、生活に慣れてから近藤さんとかにお願いしてみる?

 でも心配だな。千恵ちゃん綺麗だし、一人で暮らすなんて危ないよ。住み込みの世話をして貰った方がいいと思う」

「住み込みかぁ〜。ね、ここで雇って貰えないかな? 案外いい人ばっかりだし、皆優しいし。

 ……はぁ、無理か。さっさと出てけって言われるのがオチだよね。千鶴ちゃんもいて安心なのにな」

「まだ当分いいんじゃないかな? 近藤さんもゆっくり考えていいような話して下さったし。

 それより、千恵ちゃんの年なら嫁ぎ先を世話して貰うのもいいと思うんだけど。考えてはいないの?」

「嫁ぎ先!? えっと……結婚かぁ……結婚ねぇ。そっか、お見合いも多いんだっけ? ん〜〜無理!

 だって、本当に好きな人とじゃないと、嫌な事があった時に一緒に頑張ろうって思えないよ。

 それに、帰る方法も探したいし。そんなじゃ、相手にも失礼でしょ? 一生一緒に暮らす覚悟がないなんて」

「そっか、じゃあ千恵ちゃんに好きな人が出来たら教えてね? 応援する!

 そういえば、千恵ちゃんってどの身分だったの?」

「身分? えっと学生……じゃなくて士農工商か、なんだろう? お父さんは貿易の仕事で、お母さんは大家さんだったの。

 貿易ってことは、商人になるのかな? 子供の頃から沢山よその国にも行ったよ? 楽しかったなぁ〜〜!」

「す、すごいね! 異国に渡航するなんて! 時代が違うと簡単なのかな? 勇気あるなぁ、ちょっと怖そう」

「怖い? ああ、言葉の壁があるもんね。平気平気、相手も人間なんだから。普通だよ、どこでも人は人」



「クスクス、このご時勢にここで異人の話をするなんて、本当に大胆だね。攘夷派に斬られても文句は言えないよ?」

突然襖が開き、沖田さんが現れた。しまった、気配読むの忘れてた! この人は気配を消すのが上手だから難しい。

「お、沖田さん聞いてらしたんですか!?」

千鶴ちゃんが目を白黒させて慌ててる。斬る、という言葉に動転したみたいだ。

千鶴ちゃんはすぐ沖田さんの意地悪な冗談に引っかかる。いい玩具だ。

「どっから聞いてたんですか? あの、その――」

「ん? ああ……最初から。女中は雇ってないよ。毒の心配があるから食事も幹部が当番で作ってる」

ああ、やっぱり聞かれてたんだ。……ここで雇ってもらう件はボツかぁ、残念。

「ま、いいんじゃない? 君達が作るなら僕らも楽になる。でも、幹部と一緒にね。毒は怖いから」

「毒なんて入れるわけないでしょう、でももしあったら沖田さんで効き目を試すことにします!」

「クスクス、なら毒薬より媚薬のほうがいいかな。夜這いの口実になるし。ね?」

「夜這いって!……千鶴ちゃん、井上さんに頼んで襖につっかえ棒しようね。狼が来るよ?」

「つまらん冗談はよせと言ったはずだ。総司、安心しろ。嫌がる女子に手を出すなら、介錯は俺がする」

斎藤さんまで! ……外で聞いてたのかな? はぁ、私ちょっと油断しすぎ。

「やだな、冗談だよ。はじめ君の介錯ならスパッと終われそうだけど、まだ死ねないしね」

「ハァ、もういい。飯の時間だ、総司は広間へ行け。皆待っている。特に新八がうるさい。

 ……すまない、盗み聞きのつもりはなかったが廊下まで聞こえた。総司の言う通り、異国の話はやめた方がいい。

 だが料理は、今度俺にも教えてくれると助かる。男所帯ゆえ、食材の無駄が多い」

この時代って男の人は料理しないと思ってたから、沖田さんや斎藤さんの言葉は意外だった。

あれ? って事は、お勝手に立っていいって事だよね? やったぁっ!!

屯所の中とはいえ、行動範囲が広がって嬉しかった。竈なんて使えるか分からないけど、頑張ろう!


斎藤は、好きな人となら嫌な事があっても頑張れるという千恵の姿勢に、好感を持った。

働き口を探そうと思うのも、自立心があっていい。だが、この先の時局を知る千恵が万一長州や幕府の中枢に知れれば、

大きな情報源として利用されるだろう。しかも貿易商の父に従って洋行も経験しているようだ。

普通の娘なら近藤さんも副長も住み込みの勤めを紹介しただろうが……難しいかもしれんな。

希望を打ち砕くような事は言いたくなかったが、政局に利用されるよりは、ここで暮らす方が遥かに安全だ。

そこまで考えて、彼女の身の安全を気にしている自分を不思議に思った。だが、悪い気分ではない。

局長もよろしく頼むとおっしゃっていた。少し警戒が過ぎたか。

出自以外は普通の町娘と変わらぬ二人を眺め、足りない日用品がないか今度聞いてみよう、と思った。



「何やってんだよ総司! 皆待ってるぜ? なぁ、千恵と千鶴も一緒に食えば運んだり交代しなくて済むんじゃねぇの?」

「そうだね、はじめ君も食べるの見てるだけなんてつまらないでしょ? 皆で行こうか」

呼びに来た平助君の思わぬ提案で、広間で食事することになった。これも……一歩前進?

広間でお腹を空かせていた皆も、私達の登場に驚きはしたものの、嫌がりはしなかった。

おかずの取り合い、賑やかな喋り声。……そう、刀は仕事の道具で、他は普通の人達なんだよね。

そう思ったら、警戒心が和らぎ気持ちが解れた。いつまで居ていいか分からないけど、仲良くなりたいな。

そんな気持ちを表すかのように、元気に食事する面々を眺めながら微笑んだ。

「なんだ、笑った方がずっと可愛いじゃん! 千恵も千鶴も笑ってろよ、俺らもその方が気が楽だしさ」

「「うん、ありがとう!」」

平助が二カッと笑って励ましてくれる。私と千鶴ちゃんは目を見合わせて、笑顔で礼を言った。

「平助の癖に一丁前に女の子口説いてんじゃねぇよ。と言いつつそのおかず貰ったぁっ!」

「そんなんじゃねぇってーの、つぅか盗るなよ!」

なんだか楽しいな。監視とか監禁とか、そんな風な目で見るんじゃなく、守って貰ってるんだって思おう。



そんな風に気持ちを切り替えたところで、広間の戸口が開いて井上さんが顔を出した。表情が硬い。

「今、大坂にいる土方さんから文が届いてね。山南君が斬り合いで怪我をしたそうだ。命に別状はないが。

 ……左腕で、重症だ。うまく治ればいいが。少し話し合いがあるから、私は向こうで食事するよ」

そう言うと、井上さんは自分のお膳を持って広間を去った。さっきまでが嘘のように、空気が重い。

血管とか神経とか腱をつなぐ手術って、この時代にもうあるのかな? なかったら……。

重症という言葉が耳に残った。山南さんは、鋭さはあるものの、普段は穏やかで物腰の柔らかい、当たりのいい人だ。

「治るといいな」

独り言のように呟く私の表情が暗かったんだろう、千鶴ちゃんが励ますように言った。

「でも命に別状はないって言ってたし。助かってよかったって思おうよ」

「そう、だね。うん、でも……もし神経が切れてたら……腕が駄目になるって事でしょ?

 私が代わってあげられたらよかったのに。私なら斬られてもっ! ……あ、ごめんなさい、忘れて」

「お前が身代わりに? ったく、馬鹿な事言うなよ、女が刀傷こしらえてどうすんだよ。

 それに済んだことはどうしようもねぇ、刀持ってる以上覚悟は出来てるさ。だが……腕は辛いな」

「まさかのまさかだな、あの山南さんが斬られるたぁな……。腕、か。死ぬよりずっとつれぇ道だ。

 千恵ちゃんありがとな、代わってやりてぇなんて、優しいじゃねぇか!」

新八は内心驚いていた。一応表面上はそれなりの付き合いをしてるが、まだひと月足らずしか一緒に居ない。

なのに監視する側の新選組の一人をそんな風に思えるなんて、この子は結構、情が厚いようだ。

「なぁ、まさか薬に手を出したりしないよな? 俺、やだかんな! 山南さんが新撰組の奴らみたいに狂っち――っ!!」

平助君が言い終わらぬうちに、原田さんの拳が入った。お腹を抱えてうずくまる平助君に慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫?? 原田さんなんでっ……え?」

どうして殴った原田さんがそんな苦しそうな顔をしてるの? なんで誰も何も言わないの?

薬って…………何?

平助君が手を出して欲しくない薬って何だろう。覚せい剤の類だろうか。なら痛みには効くけど、治りはしない。

「いってぇ〜〜、左之さん力強すぎ! でも、今のは俺が悪かったよ。ごめん、千恵も千鶴も忘れてくれな?」

「「う……うん」」

「ああ、聞かなかった事にしろ。平助、お前は少し軽すぎる。こいつらの事を考えて喋れ」

「ま、分かってないみたいだしいいんじゃない? いざという時は……僕がやるよ」

「やるってお前っ! こいつらが何したってんだ!!」

激高した原田さんを見て、沖田さんの言葉の意味が分かった。僕がやる――――私達を……殺す?

さっきまでの温かい雰囲気とこの睨み合いの温度差に、底知れぬ不安が込み上げた。

「左之、落ち着け。総司も言いすぎだ、二人とも怯えている。……飯が済んだら部屋に戻れ。

 すまん、皆、総長が心配で気が尖っているだけだ。安心して寝ろ。

 千恵、あんたの山南さんに対する気遣いには、感謝する。刀を持つ者にとって腕は命だからな」

そう穏やかに諭すように言ってくれた斎藤さんの瞳は優しかったので、気を取り直してお膳を片付け、私室に戻った。



言っただけで殴られるような言葉、分かっただけで殺されるような話。……何が隠されているんだろう。

新選組には、何か大きな秘密があるらしい。私達が知ってはいけない何かが。

……考えてもしょうがないか。秘密なら、私にだってある。たぶんきっと彼女にも。

うっかり口を滑らせそうになったけど、言えないよね。私なら斬られても大丈夫、だなんて。

隣りで眠る千鶴ちゃんを眺めて、溜息を付いた。たぶん、彼女は体の特質は分かっていても、それが何故かは知らない。

ここ数週間、ずっと一緒だったけど何も言ってこなかったし。千鶴ちゃんは……あなたは……。

言えないよね、自覚の無い子に「あなたは人じゃない」なんて。

外出許可が出たら他の「同胞」を探そう。千鶴ちゃんが私を呼んだのかと思ったけど、違うみたいだし。

それだけ決めて、目を閉じた。



命の天秤はまだゆらゆらと揺れていた。






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