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落ち葉もすっかり舞い落ちて、山から吹き下ろす風に冷たさが混じって来た。
朝晩が少し肌寒くなって来たある日、女将が私に逢状を差し出した。

「え……?」
「小常、お前宛だよ、前にも一度来た人だろ」

慌てて広げて見れば、差し出しの名は確かに『永倉』となっていた。

「使いが言うには、お前一人で来て欲しいとよ」

いつもの調子で言い捨てて、女将はすぐに背中を向けて帳場に戻っていった。

最後に永倉様に会ってから、もう二月程経つ。
今更、どんな顔して会えばいいのかも良く分からない。
それでも……。





障子を開いて頭を上げると、そこには少し表情の曇った永倉様が此方に向かって正座していた。
あんまりにも身構えていなかったので、ついお座敷での応対なんて頭から飛んでしまって。

「すまん! 小常ちゃん!! ずっと音沙汰も無しで」
「え……と」

畳の上で、以前酔った朝のような平謝り。
平身低頭されて、どうしていいのか本当に分からない。

「あ、あの、困ります。頭をあげてください、永倉様!」
「いや、その。きちんと謝らないと俺の気がすまなくて」

やっとの事で頭をあげてもらうと、いつもと違って真っ直ぐにこちらを見ずに、視線をそらしたまま、永倉様は始終前髪を直していた。

「実はな、局長の芹澤さんが死んじまってな、俺なりに喪に服してたんだよ」

ああ、そうだった。
私たちは心のどこかで、乱暴者だったその死を肯定的に受け入れていたのだけれど、仲間として一緒に居た永倉様にとっては、
きっと辛いことだったのだろう。
そういう部分には全く考えが至らなかったことを、すごく申し訳なく思った。

「あとなんていうかさ、もやもやした気分のままで小常ちゃんに会いたくなかったんだよ」
「そうなんですか?」
「お前さんの前ではできるだけかっこいい永倉新八を見せないとなって」

ほわっと、胸の奥が温かくなる気がした。

「……そんな風に私の事までいろいろ考えてくださっていたなんて、知りませんでした」

その気持ちを、できるだけ素直に言葉にしてみる。

「……その、嬉しいです」
「そうか、なら良かった」
「もう、忘れられてしまったのかと」
「違うって、すまなかった」
「うん」

小さく頷くと、大きな手のひらが私の髪をわしゃと撫でた。
その姿に、小さい頃に死んでしまった父の姿がかぶった。

「あんだけ乱暴な人だったけどさ、迷惑掛けまくって大変だったけどよ……居なくなったら存在感っていうかさ」

開いたままの障子の外には、丸みを帯びた月が覗いていた。
月を見上げて目を細めながら独り言みたいに永倉様は呟く。

「でけぇ人だったんだなあ……って」

明るいところも真面目なところも弱いところも……全部含めて
この人に惹かれていることになんて、自分でもとっくに気がついていて。
こうやって、屈託無く私に心を開いて、心の内をさらけ出してくれることが嬉しくて。
そして、私もそうでありたいと願って――

「あ、あの」
「ん?」
「永倉様が、大坂で身請けをされたって聞きました」
「ああ、それで金借りちまってさ、なかなかここに来る金も無かったんだがよ」

ずきん……
胸の奥が締め付けられた。
ああ、やっぱり本当の事だったんだ。
覚悟していたけれどやっぱり、辛い。

「でも、彼女も親元に帰せて、昨日だか見合いすることになったって文が来てたな」
「……え?」

今……なんて言ったの?
急に表情を陰らせた私を、永倉様はにこやかに笑ったまま少し不思議そうに眺めていて。

「え、永倉様が身請けしたのに……」
「ああ、身請けした事?」

わけが分からない。
借りなければならないほどの大金を払って遊里の女を買い取って、親元に帰す……って。

「あれは、俺が芹澤さんの暴挙を止め切れなかった償いだよ」

もう一度、さっき月を眺めたときの顔に戻って、今度はその目は私に向いていた。

「仕事も出来なくしちまったんだ。せめて借金くらい肩代わりさせてもらわねぇとってな」
「……どうして?」
「どうしてって、そりゃ……」

じっと私を見つめる目が虚をつかれたように、横へとはずれた。
不意にそっぽを向けたその頬が赤くて。

「いや、さ、別に恋仲でなんでもねえんだけどよ」
「その人と?」
「違う……」

次の瞬間ふわっと何かに包み込まれた。

「小常ちゃんと」
「……!?」

そこは永倉様の大きな腕の中で、胸に押しつけられるように私の顔があった。

「俺の一方的な気持ちだけどさ、小常ちゃんが居るのに他の女を自分に侍らせるようなのは嫌でさ」
「それって……その」

頭の上から降ってくる声が近すぎて、もう頭がいっぱいで溢れそう。
抱きしめられたまま、鳴りやまない心臓の音がうるさくて……。




「……好きなんだ」





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