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「小常ちゃん、この間は面倒かけてすまなかったな」

畳に付けた頭を起こすと、目の前には少し鼻の下を伸ばしながらでれっとした顔で永倉様が居た。

「すぐに来なきゃと思ったんだが、いろいろと忙しくてよ」
「いえ、ありがとうございます。単独で指名されるのはあまり無いことなので、少し慌てました」
「へぇそういうもんかね?」

にこにこと手招きする姿に、ちょっと緊張していた肩をなで下ろした。
弥勒に三味線を弾かせ、お酌にまわると永倉様は間近から私の顔をじいっと見つめてくる。

「えっと」
「ああ、いや、ずいぶん雰囲気が違うなと思ってよ」
「変……ですか?」
「違う違う! こないだよりも可愛らしい感じで、俺好みだな」

臆面もなくそう言われてしまうと、なんだかとても気恥ずかしくて。
お座敷の切り盛りなど慣れていないことがばれてしまわないだろうか。

「せっかく美人なんだから、もっともっと派手な着物でも似合うんじゃねぇのかな」
「……そう……ですか?」
「器量もいいし、肌もきれいだしさ」

ずっと地味な地方ばかりやっていたせいもあって、あしらい方があまり巧くないのは自分でも思ってはいる。
けれど、永倉様のまっすぐな気性に載せられてしまうと、どうにも、自分が普通の町娘みたいに勘違いしてしまいそうになる。
真っ赤になった頬を抑えた私は、いつもとは全く勝手の違う応対にぎこちなさがにじみ出ているのが見え見えで。
すっと横目で盗み見れば、弥勒がすました顔で撥を弾きながら、こちらを見る目が笑っている。

「弥勒ちゃんもかわいいし、なんだか本当の姉妹みてぇだよな」

愛想よくにこにこ笑いで返す妹分の弥勒の対応のほうがなんとなくあしらい慣れてるような気がする。
永倉様はそんな私の動揺など、全く気にならないといった様子で、どんどんとお酒を重ねていった。



「そうそう、こないだ、小常ちゃんの唄声ずっと聞いててよ、なんかすげぇいい気分だったんだよな」
「じゃあ、何か長唄でも弾きましょう」

三味線を抱えて、弥勒と合わせて撥で弾けば、ほどよく酔った顔で永倉様はうっとりとした顔で目を閉じる。
ちょうど知っていた唄のようで、手で膝を叩いて調子を取りながら聞いてくれているようで。

「俺はあんまり学もないけどさ、お前さんの唄は好きだよ」

芸事は幼い頃から大好きでずっとやってきた。
それを褒めてもらったり、好きだと言って頂くことはとっても嬉しい。
けれど、さっきみたいに容姿なんかを褒めてもらうとどうしてあんなにも恥ずかしいものなんだろう。
そんな事を考えながら撥を動かしていたら、どかどかと階段を駆け上るような音がした。

足音が近づいてきて、勢いよく簾を退けて覗いたのはどこか見たことのある顔。
私も弥勒も思わず撥を止めた。
これは確か、先日の宴席にいた壬生浪士組の藤堂様?

「良かった、いた」
「……なんだよ平助、野暮天」
「ちげーんだって、新八っつあん」

永倉様の耳に口元を寄せて、小声で何かを囁くと、永倉様の容色が変わった。

「おい、本当かよ」

口の中で小さく舌打ちをするのが聞こえた。
つっとその目線が私の方に移ってきた。

「すまねぇ、小常ちゃん……急用ができちまったみたいで」
「構わないでください、またぜひお顔を見せてください」
「悪ぃな」

その後、ばたばたと永倉様と藤堂様は揚屋を後にしていった。




なんとなく尻窄まりで終わってしまったお座敷に、置屋までの足取りもどこか少し重い。

「そういえば前に小常姐さんが言ってた永倉様の噂っての聞いたんやけど……」
「うん?」

少し後ろを歩いていた弥勒が、言いづらそうに切り出した。

「大坂新町で例の壬生浪の局長さんが、お寅って芸子に振られたことに腹を立てて大暴れしたらしいん」
「それって芸子が首の代わりに髪切られたとかって?」
「そうそう、それでな。芸子と一緒に居た仲居もとばっちりで髪をばっさり切られて尼さんみたいにされてしもうて、
 お座敷に出れなくなったんやって。で、不憫になった永倉様は、仲居の方を身請けしたらしいのよ」
「え……」

あれ、そうなんだ。
そんな展開は思いも寄らなかったことで。
拍子抜けしてしまったような私の心から、紙風船の中の空気が抜けていくようなそんな音がした気がした。




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