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堂筋を歩く壬生浪の一番後ろを歩いていた人が、ついと上を向いた。

「……あ」

思わず出てしまった声に、慌てて口元を隠すと、弥勒がきょとんとした目で此方を見た。

「どうしなすったの、小常姐さん?」
「ううん、ちょっと殿(しんがり)の方に見覚えがあったの」

ふうん、と言いながら弥勒はまた視線を下に戻した。

「あれは……」

隣で、鈴を転がすような声が聞こえた。
顔をあげればうちの置屋の看板、太夫の霧里さんが、涼しげな目線で堂筋を見下ろしていた。

「霧里さん、あの方ご存じなのですか」
「壬生浪の宴席に呼ばれたときにいらっしゃいました。永倉様と仰ったかと思いますよ」

霧里さんが私の方にほんの少し首を傾げてそう答えてくださると、周りからざわっと声があがった。

「永倉……ってなんだか聞いた覚えがあらへん?」
「ああそうやそうや、なんだか少し前に噂になってたお人よ」

ぼそぼそと話す声に耳を傾けているうちに、壬生浪の隊はもう大門の方へと歩いて小さくなってしまっていた。



ばたばたと団扇で仰ぎながら窓の際から散っていく芸妓たちの中、弥勒の袖を引いてみる。

「ねぇ、さっきの永倉さんって方の噂って、お前知ってる?」
「ううん、うちは知らんなぁ」

弥勒の向こう側、女将が階段を登って来るのが見えた。
私たちの横を通って、奥座敷に戻ろうとしていた霧里太夫を呼び止め、ついっと何かを差し出した。

「揚屋からご指名だよ、霧里」

女将が渡した差紙を受け取った霧里さんは「あら」と小さな声を上げた。
そして何故か此方を見つめた。
目が合うと、ふわっと太夫の朱の唇が笑みの形を取ったのが見えた。

「小常さん」
「はい?」
「今夜の晩に、壬生浪士組の土方先生の席に呼ばれましたので、一緒に参りますか?」
「え、いいんですか」
「ただし、先ほどの方がいらっしゃるかどうかは分かりません。それでも宜しければですが」
「ええ、是非!」

私が勢いよく頷くと、霧里さんは、目を細めてふふふと笑った。




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