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「一緒にいると気持ちがあったかくなるしさ、小常ちゃんの唄とか三味とか聞いてるとなんか元気でるんだよな」
頭の上から降ってくる声が、耳の中から体の中でいっぱいになって、もう気持ちが溢れそうだった。
嬉しくて嬉しくて、涙が零れそうになってるのを必死で堪える。
「俺は剣以外は何もねぇ。お前さんは可愛いし、いい旦那もたくさんつくだろうから……けどさ、駄目なのはわかってても、
ちゃんと言って置かないと……なんだ、その。気持ちの治まりがつかないっていうかさ……」
「駄目じゃ……ない」
「ん?」
何か言わなきゃ何か言わなきゃ、と思っても胸がいっぱいで声が出てくれない。
言葉よりも先に、体が動いて、私は永倉様の首に腕を回してしがみつくと、その口元に唇を押し付けた。
「え……」
すぐに体を離すと、永倉様は目を白黒させて顔中を赤く染めていた。
やってしまってから、自分がなんて大胆な事をしたのかと恥ずかしさに顔を覆って。
「え!? ちょっと待って小常ちゃん」
裏返った永倉様の声が響いた。
「お、お……俺でいいのかよ」
顔を隠したまま、何度も頷けば、
「よっしゃあああ!!!!」
あまりにも大声に吃驚した、他の部屋の客や仲居が覗き込んだ時には、永倉様は私の頬や髪やおでこに何度も口付けていて、
あっけにとられた周りの目線に気が付くと、照れた風な顔をしながら振り向いて「いやあ、どうも」などと満面の笑みで答えた。
「という訳でだ、俺の馴染みの小常ちゃん」
改めて、私はその場の皆様に頭を下げた。
藤堂様、原田様はにやにやとしながら面白そうに此方を見ていて、土方様は隣の霧里さんと見交わしてくすくす囁きあっていた。
当の永倉様は、鼻の下を伸ばしたまま、始終満面の笑みで私の肩を抱いている。
「それにしてもよぅ、よくもまぁ新八っつあんが、こんな可愛い芸子さん口説けたとかね」
「全くだな、それより新八はにやけすぎだ」
「いやぁ、だってよ、可愛いだろー、小常ちゃん」
此方に向けられる一同への視線をさらりと受け止めて、
「どちらかと言うと、私よりも永倉様のほうが可愛いらしいですけどね」
澄ましたままそう初めて声に出していってみる。
「へ……」
自分を指さして私の顔を見つめる永倉様ににこやかに頷けば、一同から笑いが起こった。
「新八が可愛いとか……小常、お前たいした女だな」
涙が出るまで笑ったのか、肩をひくつかせたまま目元の辺りを拭いながら土方様がそう言った。
隣を向けば、顔を赤くしたままの永倉様が此方を見ている。
「いいや、やっぱり小常ちゃんのほうが可愛いって!」
「永倉様のほうが可愛いです」
「あーもう、二人でずっとのろけてろよ!」
藤堂様の呆れ声に、また一斉に笑いが起こった。
-終-
2012.9.9
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