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「ぐぇぇっ!!」
思い出の中で悲鳴をあげた瞬間、
体中が搾られるみたいな激痛を感じて、お腹の底からまだ蛙声が出た。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「……ていう事は」
首の後ろから低い、低い声が耳の中へと響いて、
そのあまりにも抑揚のない総司さんの声色に、思わず、肩がビクッと跳ね上がって…
背中に嫌な汗が流れていく。
やばい…
やばい、やばい、やばい…
怒ってる…
何だろう…?
総司さん、怒ってるよ…
頭ん中で警笛が鳴り出した。
「……という事は、楓ちゃんはその男と…」
男って……、十歳かそこらの子供ですよ…?
「手を繋いで……」
まぁ…、それは…
女の子と間違えた…わけで…
「一晩過ごしたわけだ…」
べ、べ、別に二人っきりだった、わけじゃ…
言い訳しようにも、逃げだそうにも、
体を締め付ける腕が強すぎて…、
囁く声がその上から枷ように更に締め付けて…
く、くるし……
ここは、『男の子と女の子を間違えるなんて、そそっかしいよね〜』って、笑うトコだと思ってたのにーーっ!!
膝の上に私を座らせたまま、体に腕を巻き付け、首元に顔を伏せた総司さんは……、無言で……
「あ、あの………」
「………………」
「そ、総司……さん…?」
長く、長く、長ーく、
続く静けさに、私がゴクッと唾を飲み込んだ音が流れ……、
「お仕置きだね……?」
「はい?」
ゆっくりと顔を上げた総司さんと、瞬間、視線が絡む。
「そ、ん、……っん!」
名を呼ぼうとした口唇が塞がれ、
強く、ただ強く総司さんの熱い口唇が押し付けらる。
巻き付いた手が頭を、腰を捕え、総司さんの体へと私を貼付ける。
ひんやりとした夜の空気に押し付けられただけの総司さんの口唇の、胸板の、腕の熱さが私の体の奥をどろり…と溶かしてしまう…
「ん……、ふ」
吐息が漏れ、口唇が引き離されると…、
月を背に受けた総司さんの眼差しが、鋭く私を射抜く。
「ホント、呆れる程無防備で、無邪気な…可愛い楓ちゃん。
君は僕のものだって自覚が足りないんじゃない?」
「そ、……」
「月を見て、他の男を思い出すなんて…
いっそ、月見禁止令でも出す…?」
「は……?」
突然、何を言い出すのかと眉をひそめても、どう見ても本気顔の総司さん……
「一生、月なんて…ううん、いっそ夜は部屋から一歩も出ちゃダメ…てのもいいかもしれないね」
はい……?
本気ですか?
冗談ですよね…?
くすくすと楽しげに笑う顔色を恐る恐る窺う。
…………、目が笑ってないよ…
「なぁんて…
月を見せないとか、夜は外出無しだとかなんて、さすがに無理だよね?」
にっこり笑った深緑の瞳が細まり…、妖艶な笑みに口元が弧を描く。
「そう、じさん…?」
「だから……」
細めた切れ長の目が、私の全身を伝い、
腰を支えていた総司さんの指が、頬を撫で、首から襟元へと指を滑らせれば…
どくん…!
心臓が爆発したみたいに弾けた。
ばくばくとなりはじめた鼓動の上を総司さんの手が滑り降り、
荒くなっていく呼吸に上下する膨らみが包まれる。
「月を見たら……僕を思い出す様に…
僕だけの事しか考えられない様に……
その身体に刻み込んであげる……」
「………え?ひゃあ!!」
勃ち始めた頂きを親指がぐりん、と弾いたのは一瞬。
総司さんは、一気に衿元を押し開き、
腰紐で留めただけの寝巻きは、勢い肩から開けぽろん…と乳房が総司さんの前に零れ落ちてしまって…
「な、何を!?」
慌てて衿を戻そうとした両手は、総司さんに後ろ手で捕われ、
青白い月明かりに曝け出された膨らみに柔らかい髪の感触…
「……っ!」
熱い口唇を感じた途端、ちくん、とした痛みに眉根が寄る。
間をおかず離れた口唇の跡を見れば、胸元に咲く総司さんの所有の証が二つ。
一つは今…
少し色褪せたもう一つは寝る前に…
それを見た総司さんが、何か思いついたのか、
意味深な笑みを浮かべ、
耳元に柔らかく噛み付いた。
「これからは…月が君を照らす度に…」
耳朶に触れたままの口唇から出た舌が耳へ入り込む。
じゅぶ…と濡れた音にぞくり、と背筋が震える。
「僕の証を付けていこうか…」
そう言って私を抱き上げた総司さんは、部屋へと戻り始める。
腕に、首に、肩に…
月の明かりが触れた私の肌に口づけを落としながら…
こんなつもりじゃなかったの…
ホント、月を見てふと思い出した子供の頃の記憶。
楽しくて、ちょっと懐かしい思い出。
もう、会う事もない…はずのお友達。
ちょっと、カッコイイな、と思っていた男の子…。
ホント、忘れてさえいた懐かしい思い出。
まさか、総司さんがこんなヤキモチ妬くとは思わなかった、けど…
それはそれで、嬉しかったりする。
“月夜の思い出”が全て、総司さんで染まるのも…悪くないかもしれない。
でも…
出来るなら…
戻った部屋で、そっと布団の上に下ろされる。
胸元を隠していた両手が外されて、谷間に三つ目の跡がつけられていく。
その印に嬉しそうに目を細めた総司さんの頬を両手で挟む。
そっと引き上げれば、かち合う私達の眼差し…。
私が抗う…とでも思ったのか、少し引き締めた表情に問いかける瞳。
違うの……
私の記憶を、身体を…心を…総司さんでいっぱいにしてくれて…いいの。
だけど……出来るなら……
総司さんの記憶も、身体も、心も…私でいっぱいにして欲しかった…だけ……
そう呟くと…
猫みたいに総司さんの眼が丸くなって……、その瞳に今夜一番の柔らかい光が宿る。
瞳と同じ位柔らかく微笑んだ口唇から
「とっくにいっぱいだよ?」と、零れた言葉と一緒に、その想いと同じ重さの身体を受け止めた。
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