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思いもしなかった笑みに足を縫い付けられたみたいに足が止まる。



「総司さん…?」


声をかけたのに、言葉の続かない僕を訝し気に見上げ首を傾げる。

ふわり…と傾げた顔にかかる焦げ茶の髪が少し乱れているのは、
眠りにつく前の一時に僕が掻き乱したせい。


柔らかな弧を描く口唇が腫れぼったくなっているのを君は分かってる?



泣いてはいなかった事にホッとしたけど、
あまりにも無防備な君にちょっと呆れちゃう。



どう見たって、誰が見たって“女”にしか見えないよ?
そんな無防備な姿、他の男に見られたらどうするのさ…。



軽く首を振って呪縛を解いた僕は、わざとしかめっ面を作り、君の後ろに回る。
背中からお腹へ腕を回し、世界から君を隠す様に懐に抱き込んだ。


一体、いつからここに座ってたの?

冷たくなりはじめた首筋に鼻を擦り寄せて、楓ちゃんの匂いを吸い込む。



「総司さん…?」



途端、胸の中の不安感が引き潮みたいに引いて行くんだから、僕って単純だよね…



「泣いてるのかと思った」
「え?」
「一人で月なんか見てるから…」
「え…?、あ、あぁ…」


僕の言葉で楓ちゃんがくすっと笑う。
その振動が触れた鼻先に伝わり、楓ちゃんを捉らえた僕の腕を小さな手がきゅっと握る。




「大丈夫です、泣いてません」


僕の心配とは余所に何故か、くすくす笑っている楓ちゃんに違和感を覚えて、顎を捉えて強制的に僕の方へ向けると


『ひゃあ』っと変な声が上げて僕の方へ態勢を崩した楓ちゃんは、ホントに楽しそうな笑みを浮かべていて


それでも、不審げに眉をひそめる僕を見て、君は眉を八の字に下げて申し訳なさそうな顔をしてみせた。



「心配掛けました?」
「急にいなくなってるし、こんな夜中に一人、ぼんやり月なんか見上げてりゃ、ね…」
「ごめんなさい、喉が渇いてお水を飲もうと思って部屋を出たんです。
そうしたら……」


顎を捕らえられていて、動かす事の出来ない視線の代わりに右手がゆっくりと上がって…

天高く登った月を指差した。



「お月さんがキレイで……
ちょっと思い出しちゃって……」
「……満月じゃないよ?」「じゃなくても…」



また“思い出した”のか、一人肩を揺らしてクククっと笑う君が僕に隠し事をしているみたいで…
何だか癪に障る。

だから、口唇を重ねて零れる笑みを閉じ込めた。



肌と同じ位冷え始めた口唇とは打って変わって熱の籠る咥内を弄れば、喉の奥で笑う振動が伝わる。
その振動をも飲み込んでしまえ…と舌をいつもより奥へと絡ませた。
 
 
 
「ん、……んん…」


くぐもった嗚咽に、更に楓ちゃんの頭を胸元に引きこむと、僕の寝巻の袖を引き剥がそうと暴れ始めて…
多少抵抗されても平気なんだけど、流石にこんな夜中に二人で暴れてる?トコを土方さんに見つかると煩いから、
最後に口端にわざとらしい音を立てて吸いついて君を解放すると、恨めしげな眼が僕を睨んでいた。



「何するんですか?!」


本当は大きな声で怒鳴りたいんだろうけど、夜中に騒ぐわけもいかなくて、掠れた声で文句を言う楓ちゃんを



「だって、君ばかり楽しそうで、僕は除け者みたいなんだもん」



と、今度は力任せに抱きしめれば、『ぐぇ』っと蛙みたいな声。
仕方なしに力を緩めるとケホケホッとむせ込んだ君の背中をさすってあげたら、触るな…とばかりに払われた。

せっかく、擦って上げたのに…
冷たいよね?


すっかり怒ってしまった青灰色の眼が警戒心も露わに僕を見据えて、



「徐け者って、思い出し笑いしただけですよ?」
「君が楽しそうな理由を知らないのは気に入らない」
「………………」



はいはい、君の言いたい事は分かってるよ。
今度は真ん丸くなった眼が僕に焦点を当てていて…


その目は『子供ですか……?』って言ってるんでしょ?



でも嫌なものは嫌なんだよ。
楓ちゃんの事で僕の知らない事があるなんて、なんか苛々するし…



自分でも自分の機嫌が急降下していくのが自覚できるから、
目の前で見ている楓ちゃんには僕の気持なんて、もろバレしてるんだろうね。



「聞きたいんですか?」
「聞いてあげるから、話してみなよ」



面白くなくても知らないですからね…
という君の身体をもう一度足の間に抱え込み閉じ込める。

僕の顔の下に来るつむじを顎でとんとんと、突っつくと小さく諦めの吐息が吐きだされて、
 
 
 
 
 
「私が十歳位の頃の話しですよ…」




僕にしか聞こえないだろう小さな声で、それは始まった。
 
 



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