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丘に上がった二人は、桜の名所と言われるとある寺に立ち寄った。
紅白色とりどりの桜が咲き誇るその寺は何しろ時期とあって、見物客でごったがえしていた。

「きょ!京もやっぱり桜好きがお、多いんですね!」

「おい!ぼけぼけしてるとはぐれるぞ!」

ぼさーっと上を見ていると途端に人が二人の間を分けてしまい、えりは風呂敷包みを抱えたままに前を歩く土方を追いかけるしかない。

「な、何だか昔兄さんに連れていってもらった上野の桜見物みた!みたいで!」

「随分混んでやがるな……」

「刀が邪魔で人にぶつかっちまってああっ!すみませんねお嬢さん!」

「んな時は刀を縦にしろ!すれ違う連中全員なぎ倒す気か!おいどこに行く気だ!」

「はわわわわ!流されちまうよ〜!」

「手!手を出せ!」

「右手が重箱抱えて左手が刀を握ってるんですよ!あ〜れ〜っ!」

「重箱を貸せ!んなとこでくるくる回ってる場合か!」

そんなすったもんだの大騒ぎの末近くの東屋に落ち着いたのだが、そこも一膳飯屋の真昼間のような相席状態で、とても風情のある光景とはいかない。
とりあえず床几に腰を下ろした二人だが、土方の隣に座る年配の女が団子を手にぐいぐいと尻を押し付けてくるらしく、土方は無言で汗をかき、えりは隣で声を殺して笑う始末だ。

「おい……、隣のおばちゃんどうにかできねえか?」

「ぶっ!モテる男は辛いですねえ……、体で口説かれてるなんざさすがは鬼の副長だよ!」

「馬鹿にしてんのか!うおっ」

思わず怒鳴った土方の隣では、めげずに尻を寄せてきているようだ。
こんな具合では、弁当を使うのもままならない。
仕方がないので、二人はその寺を出る事にした。

じゃあ、静かな桜を見にいきましょうか。

えりがそう言ってにっこりと笑ったので、土方は憮然とした表情で腰を上げ。




えりが花見の地に選んだのは、小鳥が囀る寺の裏山だった。

「下から山桜が見えたんですよ。ここなら誰も来ないんじゃないかと思って」

寺は裏山を背負っているのだが、見物客はこぞって手入れの行き届いた桜に目がいき、どうもこちらは目こぼしされているらしい。
その証拠に、二人が裏山を登り始めた辺りから見物客の姿がぐっと減り、山頂に辿り着く頃には狸一匹の姿すら見えなくなった。
新芽が芽吹き始めた木々の間にぽつりぽつりと咲いている山桜は地味ななりをしているが、えりにはそれだけでも十分だった。

「よし、この辺りでいいかね?」

えりは草が生い茂る山桜の根元に風呂敷包みを置くと、用意してきた風呂敷を敷き詰める。
だが、土方はいかにも地味な山桜を見上げ、腕を組みながらに首を傾げた。

「まあ、これはこれで風情があるが、いいのか?」

せっかくえりを外出に連れ出したのだ。出来る事なら満開の桜の下で過ごさせてやりたかったのだが。
そんな土方の表情に、えりは笑ってぽんぽんと敷き詰めた風呂敷を叩いた。

「いいんですよ、桜は行きから見たんですから」

さ、座って下さいな

促された土方が風呂敷の上に胡坐をかくと、えりは重箱の蓋を開け、甲斐甲斐しく昼の用意を始めた。

「ちょうど卵があったんで、卵焼きを入れてきたんですよ。煮物は昨日の残りですみませんけど、随分煮込んでおいたからほら、芋がいい色に煮えてて」

穏やかな風が吹く小山の頂で、えりは嬉しそうに料理を皿に盛り付けていく。
勿論手製のたくあんと手ずから握った握り飯も添え、えりは恭しく皿を差し出した。

「はい、どうぞ」

そんな甲斐甲斐しい姿を見て、土方は思わず笑みを浮かべながらに皿を受け取った。
何だか、えりがここを昼の地に選んだ理由もわかったような気がして。

周りに誰もいないからこそ出来る事がある。

えりが男の振りではなく、女として土方の傍にいられる時間は、とても少ない。

土方が握り飯をほおばる横で、えりは満足そうに空を見上げた。

「あたしはこの山桜の葉っぱです。でも、こんな風にひっそりとしたところで葉っぱを出してたって、花と一緒にいられるからいいんです」

だが、土方はそんなえりの言葉に黙って微笑むだけで。




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